貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第四話 俺様な婚約者候補⑦

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 『アウグスタ・グリングヴァル王女はログネル王国の女王陛下になられる方ですから』

 その言葉がこだまする。

 「・・・知っておられたのですか・・・」

 「・・・私はあなたのお母上であられるエディット・グリングヴァル女王陛下直々の書で、婚約を打診されていますから、知らないはずはありません」

 『おやめなさい!王女殿下の御前ですよ!』

 殺気の漏れ出た護衛騎士のヴィルマルと侍従のマテウスが動こうとしているところを、カイサが叱責する声が聞こえる。自然に私を王女と呼んでいることから、カイサは母様から子細を聞いているのだろう。だが、多分母様は、私を驚かせたいとかでカイサだけに知らせている可能性が高いな、これ。

 「・・・後ろの侍女の方はカイサ・サリアン子爵ですよね、王女殿下の乳母を勤められてから、専属侍女になられたお方。そして護衛騎士の方はヴィルマル・ヘーク準男爵。商人の出で、天才的な剣の腕をお持ちだと聞いております。あと、侍従の方はマテウス・ビルト男爵。あなたのお父上である北の大公エルンスト・ファルケンハイン内務卿の配下から侍従になられた方ですよね」

 これは母様だ。母様は絶対私を驚かそうとして、これを仕組んだわ。

 「警戒されるのもわかりますが、今のところ私が王女殿下を傷つけることもするつもりもありません。その証拠にここに来るのに私一人で来ております。傷つけるつもりなら、一人では来ません」

 これは後ろのヴィルマルとマテウスに言っているらしい。二人は殺気は消したが、警戒を解いたわけではないらしい。不動の姿勢に戻ったようだ。

 「・・・では今度は私から伺い致します」

 「・・・どうぞ」

 「王女殿下は私のようなものをどう思われますか?」

 「どう思う?ですか?」

 「・・・はい」

 「・・・貴公子とお伺いしております」

 「・・・それだけでしょうか」

 「・・・今までに女性とお一人で会われたことはないとお聞きいたしました」

 「・・・」

 「・・・あとそうですね、学問については博識で、武芸においては剣を良く扱うと」

 「・・・王女殿下の評価は悪くないと思ってよろしいですか?」

 「・・・はい、その通りです」

 私は顔を上げて彼の顔を見て答える。

 「・・・実を申し上げますと、私は王女殿下に私を選んでいただきたいと思っています」

 私が口を開きかけると、彼は手を上げてそれを制した。

 「・・・私はエルベン王国では第二王子です。エルベン王国はこれと言って産業のない小国です。ですが先ほどの王女殿下が言われたログネル王国が好きだという気持ちと同じで、私もエルベンが好きなのです。アルトマイアー帝国の貨幣制度を維持するための造幣局と言われているエルベンですが、色々な制約に縛られていて、このままでは発展することは望めません。ですが私が入り婿になれば、エルベンとログネル王国の繋がりが強くなり、アルトマイアー大陸の貨幣制度がより強くなると思います。さらにはアルトマイアー大陸以外でも貨幣の価値を認めさせることすらできるのではないかと思っています」

 私は彼の言葉に耳を傾けた。彼の言葉は私の密かな思いと似ている。

 実のところ、私がこの学園に来たのも、大陸はアルトマイアーだけではないと考えたからだ。『アルトマイアー大陸』とこの陸地を名付けたシュタイン帝国は、海の向こうに存在する国々と交流をしようとしていた。それが貿易となるか、それとも侵略となるかはシュタイン帝国皇帝ではない私にはわからなかったが、とにかくはシュタイン帝国は他の陸地にある国と交流しようと準備をしていた。私もその考えにあやかり、他の陸地の他の国々について調べようと思ったのだ。まあ、誰にも言ってはいないことだが、そのためにはこのアルトマイアー大陸のほぼ全部を掌握しなければならないのだが。だからというわけではないが、あのアランコの港はログネルのモノとして欲しいなと思っていた。そこまで思いがいき、あのアランコの王子のことを思い出して少しだけげんなりした。

 「王子殿下の言われることはわかりました。ですが、私と結婚すると殿下はエルベン王国から離れてログネル王室の王族の一員となります」

 「はい」

 「エルベン王国から離れてログネルで暮らさなければなりません。エルベンに里帰りはできますが、頻繁ではありません」

 「ええ」

 「この私の配偶者として爵位と領地が与えられ、その経営をしなければなりません。国内の視察や、他国訪問の時は私の行幸に付き添うこともしなければなりません。今までのような自由はなくなります」

 「そうでしょうね」

 「それでもこの私とともにログネルに行ってくださるのですか?」

 「・・・覚悟はしました」

 彼がそう言ったとき、表が何か騒がしくなった。

 『・・・』

 表を警備しているもう一人の護衛騎士であるモルテン・オロフが何か言っていることはわかる。わかるが何を言っているかはわからない。侍従のマテウスがせかせかと表を見ることができる場所に動き、一目面を見て目をむくと、すぐさま戻ってくる。そのままカイサの耳に口を寄せた。ピクリとカイサが反応する。マテウスはカイサに何事か伝え終わると、そのまま出入口にある扉の前に陣取った。扉はがたがた音を立てていた。

 すっとカイサが近づいてきてフェリクス・エルベン王子に一礼するが、急いでいるのだろう、少々優雅さに欠けていた。

 「王子殿下、誠に申し訳ございませんが、今日の顔見せはお開きにさせていただきます」

 それから私に向けて、手を差し出す。

 「お嬢様、先日のアランコの下衆がなぜかここに来ているようです。面倒にならないうちに裏口から出ましょう」

 一瞬だけあっけにとられていた私だったが、なんとかカイサの手を取り立ち上がる。すっと侍女のマーヤが厨房へと続く廊下に現れ、カイサに合図する。

 「フェリクス・エルベン王子殿下、忙しなくて申し訳ありませんが、私からご連絡をさせていただきます。もう一度ご返事をお聞かせください」

 「・・・心はもう決まっておりますが、わかりました。席を改めてご返事いたします」

 「聞き入れていただきましてありがとうございます」

 私の言葉を伝えた途端、カイサが言葉に被せる様に言う。

 「行きましょう」

 カイサは私の手を強く引きながら、廊下を進む。扉は今やガンガン打ち鳴らされている。

 『・・・いい加減にしろ!中は貸し切りなんだ!無理やり押し入るつもりなら、お前が本当にアランコの王子でも警邏隊を呼ぶぞ!』

 喫茶室のご主人だろうか。怒鳴り声が扉のすぐそばでしている。

 「殿下はマテウスとともに、お嬢様が出てから出ていただけますか」

 カイサが振り返ってそう言う。私はちらりと振り返ると、彼がにこっと微笑み、片手を上げた。それを見た私が礼をしようとする前に、カイサに強く手を引かれる。私は高級なドレスを汚さないよう、気を付けながら足を動かす。

 廊下から厨房を抜け、裏口から外に出るとファンヌとマーヤが周囲を警戒して手に武器を持ち立っている。久々の二人の戦闘モードを見た。そう思った瞬間、私は大きなケープで包まれ、ヴィルマルだろう、抱え上げられた。そのまま外を見る暇もないままに、運ばれた私は待機していた来た時とは違う馬車に載せられる。明らかにクッションの違う馬車は、ヴィルマルに抱えられたままの私が乗せられ、すぐにカイサが入って馬車の扉が閉まると同時に走り出す。

 おーい、早くケープとってよコルセットとケープのおかげで息苦しいよ。
 ケープにくるまれたままの私が何も言えないでいると、ヴィルマルがため息とともに聞いた。

 「はあ・・・カイサさん、そんなに嫌だったんですか・・・」

 「・・・気持ち悪いのよ、あの下衆王子。私も範疇らしいのよ。普通なら若い男性に言われたら嬉しいものだけど、あの下衆だけは無理。ハレムを作りたいのかもしれないけど、一昨日きやがれって言うの。・・・陛下に願ってアランコを攻撃してもらおうかしらね」

 専属侍女頭の不穏な言葉とともに馬車は宿舎に向けて走っていった。


 

 

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