貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第七話 女王陛下は確信犯?③

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 「・・・知らないはずよ。知らなくていいことだもの」

 これはだめな奴では?よくもまあ、何も言ってこないのだろうか?いや待て、相手が何も言ってこなくてではなくて、何か事情があって問いただしてこないという方が正しいのではないか。それこそ申し込んだ相手も本当のところ乗り気ではなかった。だが、どうしてもと言われ、どういう理由だかわからないが仕方なしに申し込んだのが正しいのではないだろうか。
 まさか、姉上はそれをわかっていて、相手が何も言ってこないと見越していて、そのまま有耶無耶にしようとしているのではないだろうか。
 そう考えた割と真面目な王弟だった。しかし、更に考えを進める。だが情勢が変わってくれば、相手の国が、十年以上も返答してこない国に怒るだろう、いや、もうすでに怒っているだろうな。そうなれば穏便に済ますことはできそうもない。はあ、姉上、何を考えて居られるのですか・・・。

 ちらりと、女王を見ると、優雅に持ち上げたカップに口を付けていた彼の姉は、もの言いたげな王弟の視線に気が付くと、ほんの少しだけにこりと微笑んだ。

 「・・・うん?何?」

 無邪気に見えるが、この人は仮にも王国の最高権力者。色々実をとれないことはしないだろう。そう考えた王弟は、ふと思いついて、姉に尋ねた。

 「そう言えば、グスタの乳母で、今は侍女頭をしているカイサ・サリアン子爵はどうなのですか?あのカイサなら当然婚約の申し込みをされた時のことを覚えているだろうと思うのですが」

 「グスタの婚約について?」

 「はい」

 王弟の質問に、女王はカップを置き、手を離した。

 「・・・覚えてる・・・だろうけど」

 「じゃあ、なぜカイサはグスタに婚約を申し込まれたことを伝えていないのです?」

 「伝えてよいと、私は言ってないからよ」

 「姉上が止めたのですか」

 「言わなくてもいいことだし。それに、相手の物言いが気に入らなかったし。」

 「・・・」

 「それにカイサはそもそもグスタの乳母だから、グスタに婚約とかの話が来た時には相当反発していたわよ。でも結局は私が婚約について言わなくなったから、相当安心したでしょうね。だからこの婚約話はもう流れてしまったと考えてるでしょうね」

 「なるほど。ということは、新しくグスタの婚約者を探せば良いとか考えているということですかね」

 「まあ、そうでしょうね」

 「おほん」

 冷めてしまったお茶を淹れなおそうとして扉近くに立っている侍従が近寄る際に咳払いをした。どうやらいつまでたっても始まりそうもない兄弟間の雑談とも言える話し合いに、王としての承認をしなければならない事案がまだあることを知らせ、時間が有限だと教えるつもりのようで、女王に声を掛ける。

 「・・・陛下」

 それに、露骨に顔を顰める女王。

 「・・・うるさいですこと。わかりましたわ、協議すればよいのでしょう」

 「誠に申し訳ございません。烏滸がましい差し出口でしたが、陛下が決済しなければならない事案はまだ残っております」

 手早くお茶を淹れ替え、下がる侍従を横目に、女王がお茶を飲み、のどを潤した。

 「・・・ではと、ハンネス、あなたを呼んだのはね、あなたの部下にあのバカを連れ戻しに行ってもらいたいのよ」

 王弟も侍従が淹れなおしたカップを手に取り、口に含む。

 「・・・義兄上との間の仲裁を私にしろということですか?」

 「・・・軍務卿に頼んだら、嫌がられて」

 「軍務卿にと言おうと思ったらもう頼まれたのですか」

 「・・・そう、嫌ですって」

 「もう少し遊ばせてあげれば、お戻りになるのではありませんか?」

 しかし、女王は王弟の言葉にカップを手に持ったソーサーに戻し、更にテーブルに置いてから顔をゆっくり上げた。

 「・・・気になることがあるのよ。最近、なんだか皇国の動きがきな臭いの」

 その言葉に王弟が身を乗り出す。

 「どのようにですか」

 「皇国寄りの国がね、大臣クラスの要人を皇国に送ってるらしいのよ」

 「・・・なるほど・・・」

 「私としては軍事同盟とか組むつもりなのじゃないかと思うのよね」

 「裏は?」

 短く発した王弟の言葉に、女王がため息をつく。

 「それがね、私にそれを報告したものがね、拗ねてアリオスト王国に行ってしまって、分析もできない状態なのよ」

 「・・・ああ、そういうことですか・・・」

 王弟は肩をすくめ、ため息とともに承諾をした。

 「・・・やれやれ、わかりましたよ。信頼できる者をやって、連れ戻します」
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