貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第七話 女王陛下は確信犯?②

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 「なぜ、もう婚約をしているグスタに、婚約が必要なんですか?」

 女王エディットの耳に王弟ハンネスからの言葉が届いたとき、思考が停止した。

 「・・・え?」

 「いえ、ですから、姉上は確か十年ほど前に六才になるグスタを連れて外遊なさいましたよね」

 「・・・」

 「あの時は私の体調が悪かったためにこの城でお帰りをお迎えできませんでしたが、しばらくして体調が上向きになってから、ご機嫌伺いで参内した私にグスタの婚約について初めて言われましたよね。
 『グスタに婚約が申し込まれた』と、そう仰ったじゃないですか。その時に腹立ちのために思いっきり剣を柱に叩きつけて、ご自分の剣を折ってしまわれましたよね。あの時は斬られるかと思いました」

 「・・・」

 女王はだらだら汗を流している。

 「『私のアウグスタは渡さない!ぜーったい、絶対!』と喚いて柱に向けて剣を振るっていたのは、十年たった今でも今でも忘れられません。姉上は義兄上の見目がお好きで、そしてその義兄上にそっくりのグスタも厳しい振りだけして、本当は甘やかしていましたから、グスタの婚約など認めたくないのはよくわかりましたがね」

 身振りで剣を振るう仕草をする。それを強張った表情で見ている女王。

 「・・・」

 「・・・あの後はどうなったのです?ご返事をどうなされたのか知らずに私は領地に戻りましたが、姉上のことです、相手に対して有利に出れるのですから、渋々でも婚約を受けることにしたのではないのですか?」

 「・・・えっと?伝えていなかったかしらね」

 「一切聞いておりませんでしたね。まあ、特に何も言われなかったから婚約を受け入れたと考えて居りましたが。違うのですか?」

 「・・・」

 王弟は黙り込んだ女王をじっと見つめている。

 「・・・姉上」

 「・・・当然知っていると思ってたけど・・・」

 「姉上?」

 「いや、申し訳ないことにね・・・、端的に言えばね、グスタへの申し込みは受けていないのよ」

 女王の言葉に王弟が眉を寄せる。

 「・・・断ったと?」

 「・・・グスタを婚約とかで、国との関りで重荷にしたくなかったから、ね」

 女王は王弟の顔を見ることもなく、視線を外している。王弟はその様子に何かおかしいと思い始めた。

 「・・・何か隠してますね、姉上」

 「うっ・・・隠してなんか・・・」

 女王が、指で頬を掻き始める。困ったときによくやる癖だ。
 そのことを知っていた王弟がすっと手を伸ばし、その指をつかむ。

 「頬が赤くなりますから、お止め下さい」

 「・・・わかったわよ」

 「・・・」

 王弟が指を話すと、ため息をついて女王が背もたれに寄り掛かりながら視線を王弟に向ける。腕を組み、そしてもう一度ため息をついた。

 「・・・そうね、放置してあるのよ」

 信じられないという表情で王弟が尋ねる。

 「グスタへの婚約の申し込みを、ですか?」

 「ええ、そうよ」

 今度は王弟がため息をつく。

 「・・・姉上、それは相手の国に対して相当失礼なのでは?」

 「・・・いいえ。そんなことは絶対にないわ」

 聞き慣れない女王の言葉に、目を瞬かせる王弟。普段女王はこのような言い方はしない。珍しいこともあるものだと、内心思う。

 「言い切りましたね」

 「ええ、そうよ。烏滸がましいけど、我がログネル王国は大国だから、このアルトマイアー大陸のどの国からの申し出にも答えないことはあるわ。それがどんな相手だとしてね」

 「傲岸ですね、そのお言葉は」
 
 王弟が眉を顰める。

 「姉上にしては珍しい考え方をされている」

 「・・・ちょっと苛立つ物言いをする相手なのよ。そんなところとお近づきになりたくないから、申し出は放置してあるの。その言葉を思い出した今でも、私は腹が立ってくるぐらいだから」

 投げやりにも聞こえる女王の言葉に、王弟はただただ黙っていた。ようやく口を開いたときには、顰めた眉は元に戻り、姉に似た丸い目はいつものように柔和になっていた。

 「・・・姉上はこのログネル王国の女王陛下、自分のお考えの通りにされればよろしいかと」

 王弟の言葉に一度にこりとした女王だったが、しばらくしてからため息をつく。

 「・・・でも、人はなかなか思い通りにもならないものよ」

 「どういうことで?」

 「あの子が国外に行きたいと言い出した時も、説得をしたけど、私たちの言うことを聞き入れなくてねえ。なんとか外務卿付き武官として、インゲマル・ベルセリウス伯爵に無理を言って雇ってもらうように頼んだけど、どうしても大学へ行きたいとか言い出してさあ」

 ははあ、グスタは次期国王になることが逃れられないと悟ったとき、未熟者が王になるのは良くない、もっと学んでおくべきだと考えたのだろう。だから国外で学びたいと思ったのだろうな。一応外務卿とともに国外に行けば学ぶことはできたが、自分の学びたいこととは違うことだと気が付いた。だから大学に行きたいと願ったのか。

 「どうしてもって聞くとね、どうしてもアリオスト王国のルベルティ大学に行きたいというのよ、ダメだと言い聞かせても、聞かなくてね。結局押し切られてしまって。それで許す代わりに戻ったら私の傍で王として学びなさいと条件を付けて、更に帰国を意識させようとして婚約者にしたいものが居れば連れて来るようにと言って送り出したのよ。
 まあ、婚約者としたいものが見つからなかったら、私が婚約者候補を見繕うから、その時はルベルティ大学でお見合いをしなさいとは言ったのだけれどもね」

 「そうでしたか。・・・ところでお尋ねしますが、グスタは婚約を申し込まれていたことは知っていたのですか?」

 王弟が尋ねると、思い出そうとしているのか宙を見て答える。

 「・・・知らないはずよ。知らなくていいことだもの」
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