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第七話 女王陛下は確信犯?①
しおりを挟む「陛下」
執務室で暫し物思いに耽っていたログネル王国の権力者である女王は、王宮で見かけることが少ない人物を見て目を見張った。
ここはログネル王国の首都フェルトホフの「黒の城」と呼ばれているハイゼ王宮。「黒の城」は、離れたところから見たときに、城が黒く見えたことから名づけられた呼び名なのだが、この城を初めて見た旅行者などは『黒くないから幻滅』とか『どちらかというと黒い程度だよね』とか言う事が多い、噂が独り立ちしてしまった城の外観と言われている。
実際はハイゼ王宮は色々と錯覚させようとして建てられた城で、半地下や中二階などを使用して建てられたため、外観からはあまり大きくは見えない。普通城は侵入されないように造るものなのだろうが、断崖に面した大地の上に立つ城は侵入に難く、更にはハイゼ王宮は侵入した敵を惑わし、王族を逃がすためある場所からでしか入れない独立した区画があるとか、壁の作り方で巧妙に隠された回廊だとか、相当秘密がある。
城の中は数代前の王によって白い漆喰で白く塗られている。このため他国から訪れた外交官は内部を見て黒くないと感想を言うものは多い。確かに黒系の岩を積み上げて作られた城の中は、白く塗るまでは昼でも手元が暗いなどの弊害があって照明を一日中付けていなければならなかった。白く塗った後は、光が浴室内に入るようになり、照明は夜のみ付ければよくなった。
また城は最近開発された透明に近い硝子という板が窓に取り付けられ、外の日の光を取り入れることができるようになった。城はさらに明るくなった。
そんな中、このログネル王国の最高権力者である女王エディット・グリングヴァルは侍従に案内されて部屋に入ってきた人物を見て、その大きく丸い目を大きく見張っていた。なぜだ?と声を上げようとして、そう言えば自分が彼を呼んだことを思い出す。
「陛下と言わない方がよかったですか?」
昔と変わらない柔和な笑みを浮かべるその人物は、十二歳も年の離れた女王の実の弟、王弟でログネル王国の軍部の重鎮であり、ログネル王国で初めて王家の姓を臣下に降っても名乗ることを許されたハンネス・グリングヴァル侯爵だった。女王に献上された後、自分に下賜された長剣をいたく気に入った王弟は、武骨で装飾のその字もないその長剣を好んで腰に佩いており、どこに行くにも手放したことがないという剣を利き手に持ち、女王に向け臣下の礼をする。
臣下が行うその礼を見た女王は、ため息をつき、一瞬だけ目を閉じた。
「どちらでもいいわよ、ハンネス」
「・・・姉上と呼んだ方がよかったみたいですね」
「・・・」
女王は衣擦れの音をさせて座っていた執務机から立ち上がり、弟に部屋の中のソファを示しながら近寄った。
「・・・よく来たわね、ありがとう。お座りなさいな」
女王は、いつもは楽し気に笑ったように口角を上げているはずが、なぜか今日は下がっていた。王弟はそれをちらりと見ながら、言われた通りにソファに足を運んで、姉である女王が慎重にドレスの襞を整えながら座るのを待って、腰を下ろす。
いつの間にか侍従が侍女とともに現れ、お茶の準備をしている。きびきびとした動きで侍女がお茶を淹れ、侍従が女王の前に、侍女が王弟の前にカップを置く。すぐに侍女は下がっていき、侍従は扉の傍まで退く。そしてそのまま動かなくなった。
「・・・お飲みなさい」
女王の言葉に、王弟はカップを持ち上げ、ゆっくりと口に含む。
「・・・」
「・・・」
しばらく兄弟はゆっくりとお茶を無言で楽しんだ。
「・・・さて、と」
女王がカップを置くと、じっと王弟を見る。
「・・・王配が王女の元に出掛けたわ」
「・・・」
話してよいと言われたわけではないので王弟は口を開かない。
「・・・あのバカは、私の書を偽造して王女の婚約者候補に届けていたの。自分で選出した婚約者候補によ」
「・・・」
「王女に紹介する婚約者候補はあの身の程知らずのアランコ王国の第三王子でね、そもそも私がアウグスタの婚約者には不適格だとして、一度は却下した人物よ。それをあのバカが候補に入れてね、王女の評判に傷をつけさせようと画策したみたいなのよ」
「・・・陛下よろしいですか」
初めて王弟が口を挟んだ。
「・・・何?っていうか、今は私の弟として話して。王とその臣という関係じゃなくてね」
「・・・いささか思うところはありますが、わかりました。姉上のお申し出ですから、受け入れましょう」
「ええ、そうして」
カップを手に取り、一口口に含む。
「・・・お話しても?」
ハンネスが口を開く。
「・・・そもそも、なぜアウグスタに婚約者をあてがおうとされているのですか?」
「・・・ん?」
女王が目を見張る。そのまま首を傾げた。
「・・・言われたことの意味が分からないのだけれど?」
「・・・いえ、なぜあのグスタに今更婚約とか?もう一度結ぶことが必要なのですか?」
王弟の言葉に予想外の言葉を聞いたと、更に首をかしげる女王。
「・・・うんん?もう一度言うけど、あなたの言ってる意味が分からないのだけれど?」
目を瞬く王弟ハンネス。手を額に当てて上を向く。
「どういうことなんでしょうかね?」
首をかしげる。その姿は、女王にそっくりだった。
「姉上、私はグスタに婚約など必要ないと思っていたのですが?」
「は?ちょっと待って!グスタに婚約者は必要でしょ!そもそもログネルは長子が家を継ぐこと、あなたも知っているでしょう?それだからグスタにあの子が気に入る婚約者をあてがって、将来を決めておかないとだめでしょ!」
「うっ・・・、ま、まあ、もう一度聞きますよ」
女王の剣幕に一瞬気後れしたが、なんとか気を取り直し、王弟は口を開く。
「また?」
「なぜ、もう婚約をしているグスタに、婚約が必要なんですか?」
「・・・」
「・・・」
「・・・え?」
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