貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第六話 家族がやってきた④

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 この人、自分の考えが自分勝手だとは思ってないのか!
 
 ちらと振り返ると、カイサが手を額に当てながら、やれやれとでも言うように首を左右に振っていた。

 「お嬢様、この方にまともに付き合ってはなりません」

 カイサがずずぃっと進んで私の座る傍に立つ。

 「・・・カイサ・・・」

 「よろしいですか、大公殿下」

 元私の乳母で、今は有能な専属侍女頭を勤めるカイサ・サリアン子爵は、もちろん父と顔見知りだ。そのうえ、母である女王直々に、私が成長して五歳の時に家庭教師から学び始めたときに乳母から専属侍女になってくれと頼まれた人だ。カイサは一も二もなく承諾し、それ以来十一年間私の専属侍女を勤めてくれている。その信条は、アウグスタ王女至上主義なのだそうだ。これは女王が私の面倒を見れなくなったときに乳母として任命されてやってきた時から、変わらない主義なのだそうだ。

 今侍女頭のカイサは、元々は私の乳母。本当に血の繋がらない私を忙しい母の代わりに育ててくれた人で、はっきり言って私は第二の母だとも思っている。色々相談するときはまずはカイサに判断を仰ぎ、専門的で判断できないとカイサが答えれば、次に母に相談をする。私はカイサの判断は信用してよいと思っている。

 そのカイサにダメと言われる父は相当ムッとした表情になっている。

 「大公殿下はアウグスタ様のお父様でいらっしゃいますよね?」

 「・・・ああ、そうだ」

 口をへの字に曲げてそっぽを向く父。その姿を見てニタリと笑うカイサ。ちょっと怖い。

 「それならば、どうして自分の娘なのに不利になる事をされたのですか?」

 「・・・」

 「まったく大公殿下と言い、女王陛下と言い、ご自分のお子である王女殿下の気持ちとか評判とかをどうしてお考えになって立ち回ろうと為されないのか、このカイサは不思議でございます」

 「・・・あ」

 「・・・ご自分のお子様に恨みでも持っておられるのですか?それほどまでに憎んでいたと言われるのでしょうか」

 カイサ、私も今聞いているんだけど・・・。もしそうだとか言われたら継承などやめてログネルを捨てようかな。嫌われているのに無理して王になどなりたくないし。複雑な表情で父を見る。まあ、あの言葉はカイサが親を非難するために使ったものだろうけど、なぜかため息が出そうになってしまう。

 そう考えていると、父がカイサと私を交互に見て、かなり慌てた表情になっている。

 「・・・あ・・・う・・・」

 貴族らしくなく、狼狽えた表情のまま私を見てくる父である大公。

 「アウグスタ様は確かにこのアリオスト王国のルベルティ大学に留学したいと仰いましたが、それがお二方にはお気に召さない事だったのですね。・・・そう言うことなら留学をお許しにならなければよかったのです。それなのに言うに事欠いて、婚約者を見つけることを強い、更にはあのような色狂いのガキ、うっうん、失礼致しました、サカリのついた子ザルを婚約者候補にし、それを嫌がったアウグスタ様に謝ることすらせずに、自ら嗾けるような書を送り付けていたとは」

 カイサがちょっとだけ憤慨した風で言い募る。

 「今からでもよろしいです。命を下されませ。王女殿下はこの学園を辞めてログネルに戻り、陛下と殿下が選出した婚約者候補に、フェルトホフで会うように、と」

 目を見張っていると、言い募られてカイサを見ていた父が、公開した様子で私に視線を移してきた。私はその姿を横目で見ながら、カイサの本心がどこにあるのか、教えて欲しいと思い、カイサを見つめていた。

 「・・・グ、グスタ・・・」

 カイサがちらりと父が見ていないと確認したのち、私に笑顔になってウィンクする。

 ああ、これはカイサの本心ではないようだ。・・・良かった。でもカイサがログネルに帰れというなら黙って従おう。まだまだ学びたいことは多いが、それらはログネルに戻り、今の女王陛下の安定した治世の元、役について実践で学べないわけでもない。

 「・・・大公殿下、アウグスタ様のことが憎くないのでしたら、アウグスタ様にこの学園で自由に学び、そして恋愛してよいと仰って下さい」

 「・・・だめだ・・・、グスタが学ぶのは構わん・・・、でが恋愛だけはだめだ・・・」

 「はあ?なぜでございます?」

 「グスタが恋愛などしたら、休暇時に戻ってこないかもしれないではないか・・・。私は戻ってくるグスタに会うことができる王宮で、領地に戻らずに我慢して執務しているというのに・・・」

 『親バカ!』と、誰かが言った声が聞こえる。

 カイサが面を上げ、ちらりと父の後ろに立つ護衛のオイゲン・カッシラーの声だったようだ。じろりとカイサが睨むと、慌てて口をつぐみ、顔を伏せた。

 「・・・恋愛禁止などと女王陛下は言われておりませんでしょう?『もし一緒になりたい男性が居たら連れて来なさい』と言われたはずです」

 「・・・」

 黙りこくって顔を伏せる父にカイサが優しく言う。

 「自分の娘の幸せを願わない親はおりませんでしょう?ね、大公殿下?」

 「・・・」

 その声音に納得してはいない風ではあるが、反論もできないようで、頷く父。

 「では、アウグスタ様にお謝り下さいませ、大公殿下。そうされないと王女殿下は卒業までお父上である大公殿下には会われないかもしれませんよ」

 「・・・グスタ、すまなかった。お前のことを囮にして、アランコ王国の第三王子の失脚を考えていた。あの兄弟が結束するのを防ぎ、アランコの体制を弱体化できないかと、つい娘であるお前を使って考えてしまった。お前の気持ちも考えず、あの子倅をお前に近づけてしまった。本当にすまなかった」

 立ち上がって、私に頭を下げる。

 「はい、わかりました」

 「・・・大公殿下、それではログネルにお帰りになりますね?たぶん、二三日後にはログネルからここに使いが来ると思います」

 私の言葉にほっと表情を緩める父に、カイサがきわめて事務的な声を掛けてくる。

 「・・・な?」

 「・・・そうですね、来るのは王弟殿下の手の者でしょうから、このままでは半ば犯罪者のように強制的に引き立てられると思います。ですので、今からログネルに向け、出立したほうがよろしいでしょう」

 あ、カイサの言葉に急に苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。

 「騎馬で来られたことはわかっておりますが、お帰りも騎馬でお願いいたします。ああ、馬車はお嬢様がお使いになるものしかありませんので、大公殿下にお貸しすることはできませんので、悪しからず」

 よ、容赦ない・・・。




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