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第十話 悪戯好きって誰の事⑤
しおりを挟む「それでアウグスタ様は何をお聞きになりたいのですか?」
カイサの言葉に、私はしばらく手元の書籍を上の空で弄んだあと、そっとその書物を置いた。
「・・・貴族は容易に腹の中を見せないのは当然かもしれないけど、親しくなってからも相手に腹の中は隠して接しないといけないのかどうか、知りたいのだけれど」
「・・・」
私の言葉にカイサはしばらく何も言わなかった。やがて一度目を瞑り、微かにため息を漏らすと、ゆっくりと口を開く。
「貴族に重要なことは、腹黒さを持てと言うところでしょう。
貴族社会は喰うか喰われるかです。アウグスタ様は良い意味で言えば表裏がありません。それは人として利点ではございますが、貴族としては欠点に他なりません。実のところ、わたくしは以前とある貴族に言われたことがございます。
それは『貴族と言う身分は、競争相手だけではなく、貴族社会全体或いは国民全体にも本心を隠さねばならない。相手を騙していても、騙されているとは気付かなくさせ、さらには反対に信頼を寄せられなければいけない』と言うものでございました」
「・・・」
私は言葉もなく黙り込む。
「王女殿下は真直ぐなお方です。それは何物にも代えがたい資質の一つです。アウグスタ様は貴族の言う言葉が許せないかもしれませんが、真の貴族は人を騙しても悪いことをしたと気に病むことは致しません。反対に一部の民が不利益を被ったとしても、大多数が利益を享受することができればそれが正しいのです。
女王陛下はアウグスタ様にそのようにお教えいたしましたはずでございましょう?かく言うわたくしも、ログネル王国アウグスタ・グリングヴァル王女殿下に、そのようにお教えいたしましたはずでございます」
話しながら、カイサは貴族としての話し方に変わっていく。自分のことを言うときに『私』が『わたくし』になり、そして子爵として私の教育をした時の丁重な物言いになって行った。
「・・・」
「王女殿下、わかっておられますでしょうか?
王女殿下は次期女王陛下であらせられます。真直ぐな気性をお持ちになるのは良いことでございます。
ですが同時に国のため、民のために表情も変えることなく嘘を重ねなければならない、そういう判断をしなければならないこともあるとご認識なさいませ。
清濁併せ持つ、それが今のアウグスタ様に課せられた命題でございます」
カイサの言葉が重々しい話し方から徐々に軽い話し方になるとともに、人生の先輩としての言葉に変わっていった。
「・・・サリアン子爵の言葉、ログネル王国王女として、理解致しました。
だけどね、事が婚約者選定にあたっては、王女としての清濁併せ持つ判断はだめなのじゃない?」
慇懃さを醸し出して頷いてから、私は口調を変える。
「・・・そうですね、お嬢様のお相手のことですものね・・・。しかし、婚約者を国元で決めておきながら、お嬢様と言う優良物件が現れただけで、もう乗り換えようとか、言い方によってはとんでもない野郎ですね」
カイサの言葉がようやく私と軽く話すときの言葉に戻った。私はあの貴族口調のカイサはあまり好きではなく、何事も言い合えるこの口調で話して欲しいといつも頼んでいるのだ。だが、私の本来の身分に対するときは、カイサをはじめ、専属侍女たちも護衛達も慇懃な話し方になる。
「ですが、私は人として真っ当な反応だと思いますよ、お嬢様」
「・・・そう?」
私の反応を見たカイサが、やれやれと言うように軽く頭を振る。
「お嬢様はご自分の立場を正しく理解されていません。
ログネル王国の次期女王陛下ともなれば、男性はより取り見取りです。願えば、王配以外にも男性を侍らすこともできます。事実、エディット様は貴族共に、大公殿下以外にも男性を傍らに侍らしてはどうかと提案されていたぐらいです。陛下はもちろんお断り為されていましたが」
「・・・」
愛人か。愛人を作れと言われていたのか。・・・しかし、あの母が父以外の男性を愛人として認めるだろうか・・・。
「・・・貴族の男性にとって、ログネル王国の王配はそれだけ魅力のある地位でしょう。小国の王子程度では計り知れない権力を手に入れられます。今まで、自分が這い蹲っていた相手に対して、反対に踏みつけることすら容易なのですから、野心のある男性貴族なら願わない者はないでしょう。妻子があったとしても、離縁して身綺麗になってまでして、掴み取りたい身分だと思いませんか?」
カイサはそう力説したが、つまりは私の周囲の者の出世は約束されたことなのだな。
「ですから、男性の見る目を養ってほしいと、陛下はお考えになっておられるのだと、私は思っております」
出世云々はどうでも良い話だが、ふと穿った考えが頭をよぎる。
『・・・母様は高みの見物でもしているつもりなのだろうか?・・・勝手に婚約者候補を決めておいて、勝手に顔見せしろとか言って、それで出て来た相手が自分の事しか考えていない我儘な王子とか・・・、私を蔑ろにし過ぎではないだろうか?私は後継者とか言われているけど、本当は自分では何もできない、決められない、そう考えているのではないか・・・、後継者から外したいと思っているのではないか・・・、特に私は母様に反発した身だし・・・。それに二人も弟が居るし・・・』
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