貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第十三話 令嬢としての日々と王子の偽りの言い訳③

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 走っていた馬車が緩やかに止まる。

 「奥様」

 控えめにフルトグレーン侯爵夫人ベアタの侍女ゲアリンデが声を上げた。

 私の侍女は表情を消しているようだったが、どうもいつものような無表情ではなかった。目に心配するような色がある。その目を私に向け、どう話せばよいかとおろおろしているようだ。

 「もう着いたのね」

 「はい」

 「・・・ねえ、アーダ」

 「・・・」

 「何も決して王になるなと言っているわけではないわよ。なりたければなればいい。
 ・・・でもあなたは王になると言うことはどういうことかを考えた方が良いと思うの」

 「王になると言うことはどういうことか・・・?」

 「あなたは男性と婚約するために、留学したのじゃないでしょう?
 普通はね、これから生きていくために必要な知識を得て、その知識を生かすために学んでいるのでしょう?
 別の言い方をすれば、あなたが王になるのはログネルの民のためではないの?まさか自分のためではないでしょうね?」

 畳みかけるように言葉を重ねてくる。

 「少なくともあなたのこれからの道はいくつも分かれていると思う。王になるつもりなら、あなたは国の親御さんの言うことをまともに捉えない方が良いと思うわ」

 なぜか御者は馬車が止まっているのにも関わらず、馬車のドアを開けに来なかった。義理の母が話し終わるのを計っているような気がする。

 「色々なことを吹き込んでくる他人を疑うこと。そしてあなたを心配してくれる人たちを大切になさい。あなたを必ず助けてくれるから」

 夫人の言葉が終わるのと同じくして、ゆっくりとドアが開かれた。ドアの向こうに御者が立っており、被っていた帽子を取り、一礼する。

 ゲアリンデが何も知らない風で、微かに『失礼します』とギリギリ聞こえる声量で言うと、ついっと立ち上がり馬車から降りていく。

 「あなたのような綺麗な子がこんなに悲壮感を漂わせているのは、見てられないのよね。
 まあ、あんな頭のおかしい婚約者候補に馬鹿正直に会って、あんなに嫌な思いをしなければならないなど、おかしな話だと私は思ってるの。だから、もうそっちで決めた婚約者候補に会うのは嫌だと言ってあげれば、王室もあなたの意見を尊重するようになりはしない?
 それともそれすらあなたのためになるとか考えているとか?もしそうだとしたら、もうそれは相当な我儘じゃないかしらねえ」

 義母は立ち上がると、差し出された御者の手を取り馬車から降りていく。先に降りていた義母の侍女ゲアリンデは馬車の傍に待機している。

 ふと、マーヤが私を気遣わし気に見てから、ようやく降りて行った。マーヤは実のところ内務卿の元にいた者で、ログネルの内情についてよく知っている。マーヤは私が聞いた意見が、母の考えを否定するものを含んでいると思い、それが母に漏れないかと危惧したのだろう。
 マーヤがこれほど感情を揺り動かす様を見せるのは初めてだ。

 だが義母の言うことはわからないわけではない。

 私は王になりたかったのか?・・・いや王になりたいと思ったことなどなかった。と言うか、王になるのが当たり前で、それ以外のことは考えたことなどなかったと言う言葉が正しい。王になる以外の道はなかったな・・・。

 義母の言ったことを心に刻んでから、私はため息を一つ付き、ようやく立ち上がった。私は差し出されていた御者の手に自分の手をのせ、裾を持ち上げてゆっくりと馬車から降りる。マーヤがもう一度気遣わし気に私を見た。気にするなと言っても無理だろうけど、これは私の問題だから、マーヤは気に病まないで欲しいと口にすることはできずに軽く肩をすくめてみせると、マーヤは安堵したのかどうかわからないが、感情のなくなった無表情になった。

 義母がにこと笑って私に声を掛ける。

 「さあ、今からはお買い物の事だけ考えてね。私の娘があれだけしかドレスを持っていないなんて、ちょっとあり得ないことだから」

 私が答えようとしたとき、近づいてくる足音がした。すっとマーヤが動く。護衛が剣の鞘を握りながら義母と私を囲んで拡がる。

 「待ってくれないか」

 案外近くで声がかかった。私はゆっくりとその声に向き直った。この声は多分・・・。

 「・・・どちら様でしょうか?」

 マーヤが誰何した。

 「どうしてもヘルナル男爵に話したいことがある」

 やはり、フェリクス・エルベン王子か。

 私が口を開く前に、すいっと前に出てくる者が居る。私の義母、フルトグレーン侯爵夫人だった。

 「あらあらまあまあ、礼儀のなっていない坊やですこと!」

 ちらりと横目で見る義母は笑顔になってはいるが、眉間に少しだけ皴が縒っていた。

 「母である私の許しなしに、私の娘に声を掛けるなど礼儀など知らないとでもいうおつもりかしらねえ?」

 「はっ?・・・ご婦人の娘・・・?な?こちらはアーグ・ヘルナル男爵では?ログネル王国の外務卿付きの武官ではないのですか?」

 ずいっと第二王子殿下に向け歩を進める義母。

 「あなた、そんな昔のことを誇らしげに言うものじゃありませんよ。この子はルンダール王国のフルトグレーン侯爵の養女、アーダ・フルトグレーンと言うのです。この子に話したいと言うなら、まず親である私に名乗ってからになさいな」


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