貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第十三話 令嬢としての日々と王子の偽りの言い訳⑤

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 黒髪で碧い瞳の色のその人物は確か、と考える間もなく案外強めに手を引かれる。なぜか笑顔を絶やさなかった第二王子殿下の表情が強張っている。

 強めに引かれたことで私はちらりとその手を見てから、横の第二王子殿下に視線を移し、その目を見つめる。しかし目を逸らすその姿に今までにはない不快感が滲んでいる。今までは非の打ちどころのない姿を見せていたが、少々違う姿を見せたのが、あの彼の姿だったことが印象に残った。

 それにしてもあの彼の姿、どこかで見たことがある・・・。私は考えた。どこだったか・・・。ちらりと記憶の片隅に何かが動いた。

 また手を引かれる。

 手を引かれたことで記憶の片隅で何かが揺らめいて消えた。・・・思い出せそうだったが、邪魔された。揺らめいた記憶はそのままどこかに消えていく。

 「お早く」

 一瞬だけわざとかと思った。・・・わざとなら、この王子は彼のことを知っていると思う。知っていて私と合わせたくないとかかもしれない。

 だが私のちらと蠢いた記憶だけでは、私があの男を見たことがあるとか考えているとは、傍からはわからないだろう。そうするとこの王子は、彼をこの学園で見かけた私が気になる存在と認識し始めたとか考えたのかもしれなかった。そのために、気になるということを認めさせないように、手を引いて先を促したのかもしれない。

 と、そこまで考えて私は苦笑する。なんとまあ、自意識過剰なことだ。あの男が私を見つめていたなんて考えるなど。たまたま目が合っただけだろう。それに第二王子殿下があの彼を意識したとか、考え過ぎと言うものだろう。

 「・・・なんだか訳ありの感じがするわねえ・・・」

 義母の呟く声。なぜかこの声だけ聞こえが良く、私の耳に届いた。

 足を止め、振り返ると、義母は呟いたことなど忘れたように、振り返った私に笑顔を見せた。

 「なあーに?」

 「母上、訳ありとか言われましたね?」

 私の言葉に義母は足を進め、私の横に並び、私の手を離さないでいた第二王子殿下から私の手を奪い取り、きゅっと握ると第二王子殿下を見上げた。

 「・・・気にしないで。それより王子様は早く連れて行ってもらえないかしらね?」

 第二王子殿下は少々眉をひそめたが、敢えて何も言うことはせず、踵を返す。

 「すぐ近くです。参りましょう」

 そして後ろを気にすることなく、そのまま歩き出す。その肩に抑え込んだ怒りが垣間見え、作為的に義母が第二王子殿下を挑発し、それに対して反応しそうになった感情を何とか抑え込んだことが見て取れた。何を考えて義母が挑発したのかはわからない。ただそれはエルベン王国の第二王子殿下を気に入ってのことではなさそうだ。

 「あのようなことをして、エルベン王族の怒りを買ったらどうするのですか?」

 小声でそういうと、義母は満面の笑みを見せて答えた。

 「大丈夫よ。
 それよりね、あの壁に格好つけて寄り掛かっていたあの男性の事なんだけど」

 屈託なく笑った義母だったが、急に肩越しに後ろを見る。

 「はい、あの彼が?」

 「あなたは、あの男性がどういう人か知っているの?」

 「・・・たしか、メルキオルニ侯国の第三王子の元取り巻きではなかったかと」

 「取り巻き?・・・取り巻き・・・取り巻きねえ・・・」

 納得いかない風で何度も繰り返す。しかし前を歩く第二王子殿下がとあるカフェの扉の前に立ち止まり、こちらを振り返ったため、そのまま表情を消し、何も言わずに近づいて行く。

 「こちらは私の知人がいるところでして、多少融通が利くところなので」

 扉を開けて、第二王子殿下が中を示したため、私たちが扉の前で立ち止まり、中を伺うとゆっくり説明をする。白い漆喰の壁に外の光が反射して中を明るくしていた。白い布地がテーブルに掛かっていて、その事実だけで相当お金がかかっているとわかる。

 因みに白い布地は今の技術では白く脱色できず、白と言われる布地はほぼ黄色でくすむか、薄い人肌の色か、薬剤などで漂白しなければならないために高級品だ。手編みのレースほどの値段を請求されることもあるそうだ。その白の布を全テーブルにかけているということは、どこかの王族が後援しているのだろう。それこそ、エルベン王国とか。

 「あらあらまあまあ、面白い所にお金を使っているところなのねえ。でも、肝心なところがお粗末ではせっかくの雰囲気が台無しなるのじゃない?そこのところはどうなのかしらね」

 「こちらがこのカフェの店主です。侯爵夫人と侯爵令嬢にご挨拶をしてくれないか?」

 義母の言葉には反応せず、第二王子殿下が一人の男性を呼び寄せる。紹介された青色の瞳を持つ金色の髪を短くした男性は、侯爵と言う言葉を聞いたのちに、私たちを値踏みするような視線を改め、深く礼をする。

 「ご無礼を申し訳ございませんでした。最近貴族風な装いでやってくる人の中に、心得違いをする者が多く居りまして、貴族の方々なのか違うのかと、どうしても疑ってしまうのです。お許しください」

 「・・・そうなの・・・?でも見ただけで貴族ではないとおわかりになるの?」

 「そのうちにボロが出ると言いますか、実際所作が美しくありませんので、わかるものにはわかるかと」

 店主の言葉に、さも嬉しそうに義母が笑う。

 「ふふふ・・・、私は似非貴族かもよ?」

 「まさか!私のこの目はごまかせません」

 「あらそう・・・」

 「ああ、楽しそうなところに悪いが、あまり話が聞きとりにくいところはありませんか?」

 店主と義母が笑い合いながら話しているところに、第二王子殿下が周囲を見回しながらせかした。

 その言葉に義母は苦笑し、店主も少しばかり引きつりながらせかせかと謝罪を始める。

 「良いのよ、良いのよ、このお方がなぜか今日はせっかちなだけで、いつもはもう少しゆったりとしているのではないかしら?」

 「・・・」

 店主がちらりと第二王子殿下の顔色を窺い、その顔に何も浮かんでいないのに安堵したのか、一度大きく息を吐き、先に立った。

 「ちょうどよい場所があります。ただテラス席なのですが、奥まったところでして、通りからは見えにくいところでして」

 
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