貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第十三話 令嬢としての日々と王子の偽りの言い訳⑥

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 「それではと、言い訳を聞きましょうかね!」

 それはちょっと可哀そうなのでは?

 「あら、何か可哀そうとか思ってそうなお顔をしているじゃない?騙されてはいけませんよ。男性で、王族なんてやましい所をいくつも抱えてるはず。
 それに今回など、内に愛妾、外に正妻になる人を作ろうとかって話でしょう?そんな男性に振り回される身になってごらんなさいな。少々これぐらいの言葉目くじら立てないでもらいたいわ」

 義母に表情を読み取られてしまったようだ。隠したつもりだったが、これは反省しなくては。

 「・・・愛妾と正妻とかのつもりは毛頭ありません。私はフルトグレーン侯爵令嬢に何としてでも婚約を結んでもらいたいと思っています」

 苦虫を噛んだような表情でいる第二王子殿下が、私にちらりと視線を走らせてから、義母に向かって語り掛ける。

 「あら、私の娘は、あなたも知っての通り、いい所のお嬢さんなのよ。今は縁あって私の娘になっているけどね」

 「・・・知っております」

 「知っているならなぜ、身を綺麗にしてこないの?」

 「・・・」

 「・・・言い方を変えましょうか。エルベン王家のものはいつからあの国の女王陛下の動きを考慮しなくなったの?最近大人しいから馬鹿にした?女王陛下を怒らせると一気にここいらの小国など制圧してしまう武力を持つ国に、付け入らせる真似をするなんて。狂気の沙汰ねえ」

 「・・・」

 「この前のアランコ王国の第三王子も相当おバカさんだと思ったけど、エルベン王国も相当なものねえ・・・。あなたは知っていて?数年前にあの国から各王国に親書が送られたことを」

 「・・・知っておりました・・・」

 おや、その話は初耳だ。ちらりと傍らのテーブルに腰掛けているマーヤを見る。相変わらずの無表情だが、何かちょっと居心地の悪そうな雰囲気になっている。特に私の視線を敢えて外しているところが怪しい。

 「内容は見た?」

 「・・・見てはおりませんが、国王陛下と王妃殿下はご覧になったと思います」

 「じゃあ、予想はつくわね。・・・まあ、その親書には娘が適齢期になったから、入り婿でも良くて、誰か我はと思うものは名乗り出て欲しいと書かれていたのよね。ただ、残念なことにさすがのあの国の次期女王の婿なんて尻込みする方が多かったのか、名乗り出た王族と貴族は居なかったと聞いたけど」

 「・・・それと今回の事はどう関りがあると、言われるのです?侯爵夫人」

 「まあ、お待ちなさいな。言いたいことはまだあるのよ」

 にんまりとした笑顔を第二王子殿下に見せる。

 「私聞いたことがあったのよ。実のところ、あの女王陛下の親書に書を送り返した国が一つだけあったらしいと、ね」

 ぴくりっと第二王子殿下の肩が動いた。

 義母はそれを無表情に眺めている。

 「・・・それはどこの国でしょう?」

 私が尋ねる。義母が第二王子殿下を見ていた視線を私に向ける。

 「・・・残念なことにね、どこの国かはわからないのよねえ。・・・ただね、その書を貰った女王陛下は相当複雑な表情でね、居られたそうよ」

 「私は聞いてはおりません、母上」

 そう私は呟く。・・・どうしてそのようなことをしたのですか、母様・・・。

 「うーん・・・、断りの書だったか、お相手を紹介する書だったか、それについて女王陛下を始め、臣下の方々も何も言われなかったのよ。
 書を返してくれたことを感謝すると女王陛下が語ったと公表されただけでね、内容は言われなかった。噂ではね、その内容が失礼極まりないものだったから、黙殺することにしたとかだったかしらね」

 「・・・」

 「真相はわからないのだけれど、もし書を返した国がエルベン王国だったとすれば、婚約者候補にエルベン王国の第二王子殿下がなったことが説明できると思うのだけれど・・・。ただねえ、あの女王陛下の親書はねえ、一部の国では本気だと捉えられたんだけど、大多数の国ではねえ、本気ではないと思われたのよねえ。だから返答がなかったと思うのよ」

 「・・・一つだけ書を返した国がエルベンだとは限りませんよ・・・」

 弱々しく反論する第二王子殿下。

 「ええ、その通りですよ。ただ、女王陛下はそれについて何も言っていないのよね」

 「・・・」

 黙り込む第二王子殿下。

 「女王陛下は正式にエルベン王国の第二王子殿下を婚約者に据えようとした。一番成績もよく、見た目もいい第二王子殿下は、次期女王の王配にふさわしい、女王陛下はそう考えていた。その状陛下の思惑を聞かせられたエルベン王国では慌てて第二王子殿下に命じたと言うところじゃないかしらね。・・・ただし、問題が一つあったってわけ」

 「・・・」

 「女王陛下の親書が来る前に第二王子殿下が国内での地位固めをする必要に迫られていて、貴族の中の有力者の令嬢と婚約が決められたとか、以前から親しかった者同士、双方に無理がない形で決着させるために婚約をするとか、私は聞いたのだけれど、ね」

 ・・・どうでも良いけど、母上、無双だね、反論する機会すらない・・・。

 「・・・どちらにしても、結局、婚約していた事実は変わらない・・・」

 消え入るような声音で第二王子殿下が言う。

 「ええ、その通り」

 そう言ってから義母は私を見る。

 「ログネル王国についての話になるけど。・・・娘は自由に学びたいと国から出て行こうとした。その母はそんな娘が自分の手の届かないところに行くのが許せなかった。何度も何度も教え、怒り、宥めすかした。しかし娘は言うことを聞かない。仕方なしに母は勝手に婚約者候補を決め、顔見せをさせることで妥協するしかなかった。あの国は早婚で、娘の年齢では行き遅れと言われる懸念があった」

 ・・・い、行き遅れ・・・。そ、それはちょっと・・・。

 「どのような心境だったかはわかりませんけど、女王陛下はね、娘のお相手を早くに決めておきたかったってわけ。だから一番見た目が良く、娘が行きたいと言っていた学園に在籍しているエルベン王国の第二王子殿下を婚約者候補としたのだと思うのだけれど」

 「・・・それには問題があった・・・」

 私が呟くと、肩をすくめながら義母がため息交じりに言う。

 「・・・そうね。選んだ相手には婚約者が居た。そこで女王陛下は、・・・別に婚約者を探すか、婚約者候補がどうするのか、確認することにした」


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