魔女の一撃

花朝 はな

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王城で王弟を避けるのは難しい

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 「若奥様ー」
 「おめでとうございますー」
 領都にあるこじんまりとした教会の鐘の音が鳴らされている。参列する列の外側から、詰めかけた領民たちが口々にお祝いの声を投げ掛ける。その声に教会の前に立つリーゼが嬉しそうに手を振ると、詰めかけた領民がさらに湧いた。
 キラリと何かが光り、空から花びらが降り注ぐ。背中から羽根を生やした光り輝く存在が宙に浮かび、それがゆっくりと腕を降ると、光が式を上げたばかりの二人と、その周りにいる両家の両親、参列した友人たち、そして集まった領民たちに降り注いだ。
 「おお・・・」
 その場に居合わせた全員が畏怖し、空を見上げる中、ふわりと一人の女性の姿が嬉しそうに笑いながら現れて、そして消えた。同時に天使も消える。金縛りのようになっていた、その場にいた全員が動けるようになると、不思議そうに顔を見合わせる。
 天使が消えてからも、キラキラした光は暫く降り続けた。領民たちが手を差し伸べて光を掴もうとするが、手の中で光はゆっくりと光を収めて消えていった。
 「・・・リットは派手ね」
 リーゼの声に、隣りのヒルデブレヒトが頷く。
 「・・・来たがっていたんだよ。相当。でも国王に脅されて仕方なしに諦めたみたいだ」
 しかし、その言葉にリーゼはくすりと笑って、いつもはすぐ脇に居るはずの存在だったが、今はすぐ隣に立つグレーテルに抱かれている猫を指さした。
 「レーテに抱かれたエルマを通して見ているでしょうね」
 その言葉が聞こえたか、猫がニャーと鳴いた。
 「・・・あれは見ているぞと言ってるわけか」
 「リットがエルマを託したのは、わたくしを守ろうとしてのことだと思うの」
 ふとリーゼが空を見る。
 「リットはどうしているかしらね」
 そう言って、リーゼが足を踏み出そうとした。ヒルデブレヒトがリーゼを制し、抱き寄せた後、ふわりと抱き抱えた。わあっと上がった歓声の中に、誰かの父親の怒りの声が聞こえたような気がしたが、ヒルデブレヒトはそれを無視し、リーゼを抱き抱えたまま教会の外に続く石畳を歩く。
 「・・・妹は、リットは多分、私たちの将来のために色々と画策しているだろう。気にしなくても大丈夫だろうね。・・・なんたって、私たちの魔女様だからねえ」
 「そうね」
 扉を開けて待つ馬車まで花嫁を抱えて進み、リーゼを降ろす。手を取って馬車に乗せると、自分もすぐに乗り込む。
 「やってくれ!」
 「かしこまりました」
 弾んだ声のやり取りが交わされ、ヒュッと鞭が空中を打つ音がし、馬に跨った護衛騎士が数名で囲んだ馬車が動き出す。
 馬車は領都の道を進み、この式のために飾り立てられ、建てられたばかりの新築の領主館の門の中に入っていった。

 かたりと椅子の背もたれにもたれ掛る。
 ・・・ついに姫様が、義姉様になったのね・・・。嬉しいような哀しいような・・・。
 感慨に耽っていると、部屋の前で騒ぐ音がする。
 無視しようとして、あまりにも騒ぐために、すっかり興ざめしてしまう。良い気分になっていたのに、すぐに気分が下がってしまった。
 「・・・うるさいですわね・・・」
 「あの・・・どうされますか・・・?」
 部屋の中に控えていた侍女イレーネ・バイルシュミットがそろりと近寄ってきて控えめに尋ねてきた。実際のところ、この侍女もベルナール帝国からの亡命貴族の出で、もうかれこれ半年ほどの付き合いとなる。
 「バカ王弟ね?」
 「・・・あのうるさい物音は、魔女様言われるところの、バカ王弟殿下だと思います」
 侍女の返答に、アストリットがやれやれとため息をつく。
 「わたくしもだと思いますけれども、あなたも相当言われますね」
 侍女はニコリともせず、アストリットに答える。
 「バカではないともう庇えなくなりましたし、あの方に敬意も何もありませんので」
 「・・・そう?」
 「王城の侍女には、あの王弟殿下より長く勤めている者もおります。王城勤めの侍女たちはほぼ漏れなく、あの殿下のわがままで振り回されました。そのため、二度とお世話したくないと露骨に嫌がる者は相当数居ります。ですので、殿下には侍従のエメリコ・モランテ様しか傍に居ないのです」
 『開けろ!』
 外から声が聞こえた。もう聞きたくもない声だ。
 再度、アストリットはため息をつき、立ち上がる。夜世話をするための侍女や召使が休む小部屋に向けて歩きながら、侍女に言い聞かせる。
 「・・・わたくしは小部屋で休みます。嫌でしょうけど、あなたはあのバカ王弟に話して、わたくしの具合が良くないので休んだと伝えてもらえますか?」
 「・・・かしこまりました」
 返答するまでに少々間があった。歩き出していたアストリットが途中で足を止める。振り向くと、侍女が一礼するところだった。それを見届けて、アストリットはそのまま小部屋に入った。

 アストリットが徹底して避けているので、このように王弟が部屋に突撃してくることが多くなった。侍女のイレーネ・バイルシュミットは予見で来ることが分かっているのではないかと考えているのだが、アストリットは人物的に合わない王弟のことなど考えたくもないため、王弟のその日の行動など予見でも見ないようにしていた。結局、王弟は嫌々ながらも国王の命でアストリットの部屋を訪れるのだった。
 いつも不機嫌な王弟と会話もしたくないアストリットが席を同じにしても、無表情のまま会話しようとしないために、いつも馬鹿にされたと感じ、イライラした王弟が怒鳴り始める。アストリットはそんな王弟に対し、声を荒げることなく淡々とわざわざ会いに来なくてよいと伝えるのだが、激昂している王弟には聞き入れられない。
 実際のところ、王弟は何度も兄である国王に、アストリットは臣下の癖に高貴な血筋である王族の自分を敬わない不敬な女だと何度も訴えていた。ただし国王は、王族である王弟は重要人物ではない、大陸中の権力者に狙われているはずの魔女の方だと叱責するのが常だった。

 ドアの鍵をかけ、そのまま椅子に腰かけて読みかけの書籍を開く。ドアの鍵は元々ついていなかったが、あの王弟が部屋に無理やり入ってくる可能性があるということで、国王が鍵をつけることを認めた。本当ならば王弟など永久に排除することも可能だが、そうすると今はまだハビエル王国の貴族である家族に累が及ぶかもしれず、我慢するしかない。王弟はそれを知ってか知らずか、いつもアストリットに高圧的に振舞ってくる。高圧的に接してくることが増えたことで、アストリットは問題だと糾弾されないように、相当露骨に王弟を避けるようになった。
 外がさらに騒がしくなる。アストリットの居る貴賓室と廊下を隔てるドアの向こう側で男が激高している。聞き取りにくいが、侍女が何事か言っている。侍女の口調は宥めるようになっている。
 侍女の言葉に、男の声が加わる。多分部屋の外に常駐する護衛騎士の声だろう。侍女と護衛で断っているのにも関わらず、王弟はなぜか部屋の中に入り込もうとしているようだった。
 ・・・どうせまた嫌で仕方ないのに、国王にご機嫌伺いに行けとか言われて、機嫌を損ねたまま来たのでしょう。
 外では『王族である私に足を向けさせた癖に顔を見せないとは何事だ』とか、怒鳴り声で喚いていた。
 ・・・先触れぐらいしなさい。それが礼儀だろうに。
 あまりのうるささに、アストリットは思わず呟いた。
 「うるさい」
 指を立てて、それを軽く振ると、興奮して怒鳴りつける声が急に途切れ、情けない声になった。しばしの沈黙の後、情けない声が遠ざかっていく。扉が閉まる音がし、暫くして、軽くドアをノックする音が聞こえた。
 「魔女様」
 侍女の声がドアの外でした。
 「・・・開けるから待って」
 鍵を開けると、侍女が大きくドアを開けた。顔が赤い。目が怒っている。
 「・・・王弟殿下はお帰りになったと思います」
 「でしょうね。・・・それにしても今日は長かったわね」
 アストリットは小部屋から出て、部屋の中央に置かれていたソファに腰かける。
 「・・・陛下に相当強く言われたのでしょうね。必死に会おうとされておりました」
 侍女がお茶の準備を始めようとするのを手で制した。
 「わたくしを嫌っているのに、なぜ会おうとするのでしょうね」
 侍女は壁際に下がろうとするのも、アストリットは首を振って制す。
 「・・・侍女仲間に聞いた話では、国王陛下は魔女様が国を捨てないように?ぎ止めよときつく言われておられるようで、会おうとされているようです」
 答えながら侍女が仕方なしに、ソファの傍に立つ。
 「・・・あのバカ王弟が来るたびに国を捨てたくなるのだけれど」
 「・・・侍女の噂話ですが、陛下は、殿下が失敗することを望んでいるのではないかといわれています」
 「どうしてでしょうか?」
 今度は身振りで、侍女に座れと示す。
 「殿下は、陛下より遥かに愚かですが、王位を継ぐとしたら、国の顔となれると思われております。何も考えていないため、貴族からは傀儡として理想的と思われているそうです」
 答えながら、侍女が首を横に振った。座れないというのだろう。
 「・・・確かに国王は自分で考えなくても良いですし、数ある意見の中から最適を選ぶことができればよいわけですから、その点だけ優れておれば良いわけですからねえ」
 アストリットが鋭い視線で侍女を見たが、侍女は強硬に拒否をした。
 「・・・私はあり得ないと思っておりますが、王弟殿下の能力が低いのは、先王陛下と平民との間に生まれた子だからと言って蔑む者が一定数おります」
 「・・・」
 「王弟殿下は、そう言われていることを知り、魔女様に色々やらせて何とか悪い噂を払拭しようとしていると、そう言う者もおります」
 「そうなのかも知れませんね」
 珍しく侍女がため息をつく。
 「焦りもあるのでしょう。あまりにも自分が何も出来なさ過ぎて」
 「・・・そうだとしても、わたくしにやらせようとするのは、筋が通りませんよね?」
 侍女がアストリットの言葉に頷く。
 「そうですね。仰る通りだと思います。ですが、王族だから周りの者がやるのは当然だと考えていると思います」
 アストリットが呆れてただただ額を抑えた。
 「迷惑過ぎて言葉もありませんわね」

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