魔女の一撃

花朝 はな

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迎撃戦~驕慢への誘い

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 騎馬が突進してくる。対するハビエル王国軍は力自慢の歩兵たちに楯を持たせ、隙間なく一塊となって騎馬の進路上に立ちはだかる。一点に騎馬を集中させることにより、一点突破を図るつもりだったようだ。
 ドカンっと衝突音が戦場に響く。
 しかし、騎馬が最高速にならなかったために威力は半減したようだった。
 楯を持つ歩兵の中には力を込めすぎて、身体が強張って楯を手放せなくなったり、鼻血を流して動けなくなっていたり、果てには楯を持ったまま失神していたりしていたが、命を落としたものは居らず、崩れ落ちた歩兵はいなかった。
 騎馬が脚を折り、その場に倒れ込む。後ろから殺到しようとする騎馬が前に出ることができず、その場で棹立ちになる。その騎馬目掛け、楯の裏側から槍が繰り出された。騎馬が混乱し右往左往して、その場に溜まると、混乱がさらに高まる。馬や騎兵に向けて槍が突き出されて、その場で倒されて行った。

 大した距離もないのに開戦時に騎兵を突進させてきたヴァリラ連邦の戦術は、ハビエル王国の歩兵の重ねた楯の前に失敗に終わり、ヴァリラ連邦の騎兵に多大な損害を与えた。主を失った騎馬が戦場の外に走っていく姿がちらほらと見える。
 どうして成功すると考えたのかわからないのだが、楯を持った兵士に阻まれた騎兵の突撃が失敗し、その事態を打開しようとヴァリラ連邦の歩兵が前に出て来るのを見て、開戦時前面から後ろに下がって待機していたハビエル王国の騎兵が左右から突進していった。
 後ろから次々と押し出されて止まれない歩兵は、歩兵たちは突進してくる騎兵の軍馬の蹄にかけられ、騎兵の持つ槍に頭を打たれ手その場に昏倒したりして、蹴散らされる。背を向けて逃げ出す者、その場で楯で防ごうとする者、手にした槍で何とか馬を突く者と、その場は混沌と化して、ヴァリラ連邦軍は混乱し、闇雲に周囲の兵に打ち掛かり、同士討ちを始める者も出た。
 ハビエル王国騎兵が次々ヴァリラ連邦軍の歩兵を突き崩していく内に、恐怖にかられた歩兵が闇雲に背を向けて、後ろに後ろにと逃げ出し、立て直しを図っていた騎兵の布陣にと走り込んで混乱が広がる。馬が棹立ち、騎兵が立て直しを測ろうとするが、後ろを気にして前をよく見ていない逃げ惑う歩兵が馬にぶつかる。馬に動揺が広がり、馬が我先にと四方に走り出し、ヴァリラ連邦軍の布陣は崩れて無くなった。
 ハビエル王国の騎兵がさらにヴァリラ連邦軍の陣地へと走り込み、ヴァリラ連邦軍をかき回すと、歩兵が後詰めとして歩を進めて陣地を拡大する。
 ヴァリラ連邦軍は圧迫を受けて、さらに後退する。旧王国の公爵家の私兵で構成された中でも、今回の侵略を決めた家に引きづられる形で参加した公爵家の私兵たちは元々士気は高くはなく、ハビエル王国の練られた騎兵と歩兵の連携に、混乱が始まると即時の撤退を決めた。ただ、組織だった撤退ができずに、混乱の中で各々単独行動をした挙句、打倒されていった。

 アストリットは目の前にいる近衛騎士団団長の様子をそれとはなしに観察しながら、内心ほくそえんでいた。
 ・・・何とかなったようですわね。
 近衛騎士団の団長は流石に戦闘が始まるときにはそわそわしていたが、騎兵の突進から先は落ち着き、最後のヴァリラ連邦軍の潰走となったときでは安堵の表情を見せた。
 その団長が開戦のほんの少し前に落ち着きが無くなって来た。
 『・・・魔女殿、もし前線が崩れたら魔女殿の力で排除されるのですよね?』
 ちらりと横目でアストリットを見ながら探りを入れてきた団長に、のんびり答える。
 『そうですね、その時には言いつけ通り排除いたします・・・そうならないように願いますけれども』
 団長は苦笑した。
 『・・・そうですね、私もそう願います』
 団長の歯切れの悪い言葉にアストリットは問いかけるかのような視線を団長に投げ掛ける。
 『?・・・歯切れが悪いですわね?』
 『・・・いえ、その、今回は、また、その、・・・、あれは、どうなんですかね・・・』
 心なしか色を失っていた。
 ・・・ああ、そう言えばそうでした。こちらの団長様は、あの召喚を見ていましたわね。
 団長は悪魔を召喚した時に傍に居て、その姿を見ているから、相当恐れていると思う。もう会いたくはないと思っているのだろう。だがしかし、もし仮に対峙した時には、近衛騎士団の団長として前面に立って力の限り戦ってくれることを期待している。ただ、あまりアストリット自身も悪魔は召喚したくはない。
 『まさかの時にも召喚は致しませんので、ご安心ください』
 アストリットの言葉に明らかに安堵した表情になり、団長は椅子に深く座り直した。
 そのあとは時折、周囲を探ったり、騎士団の団長付き従騎士に伝令を命じたりして、本陣のアストリットの隣りから動くことなく、ヴァリラ連邦軍の潰走まで見届けた。多分、アストリットに対する監視の意味合いもあったのだろうと思う。
 ・・・そうだったとしましても、悟らせないようにしますけど。
 アストリットは微かに笑った。
 「・・・終わりましたかね」
 潰走する敵兵の後を追うために騎兵が騎馬を走らせ始めたことで、掃討戦に移ったことを確認するためか、団長が椅子から立ち上がった。
 「終わりました様ですわね。・・・あら団長様、随分緊張なさりましたね。流れ落ちるような汗で酷い状態になられておりますわよ」
 戦闘に参加して武器を振るっては居ないとはいえ、戦場に居るのだから緊張もしたのだろう、団長の体中から汗が滴っていた。板金鎧を着こんだ居るのだが、鎧の下端からとめどなく汗がしたたり落ちている。
 革の手袋をはめた掌で額の汗は拭っていたのだが、アストリットに汗が酷いと言われた団長は、ハビエル王国軍が掃討戦に移行するにしたがって、戦場から目を離しても問題ないと考え様だった。
 そこで従騎士を呼び寄せて布切れを持ってこさせる。受け取ったその布切れで額を何度も拭き、さらに板金鎧の隙間に手を入れて、流れる汗を拭き取っていたが、手が届かない所は従騎士に拭いてもらっていたが、やがて騒がしいその一仕事が終わると、団長はアストリットに向け姿勢を正し、一礼をする。
 「・・・魔女殿の出番がなかったことは僥倖でした。この戦に勝利できましたのは、王太子殿下以下の将の采配のおかげでしょうね」
 知らずにそう言っているのかと、アストリットは苦笑しかけた。ただ、近衛騎士団団長は本来の業務である王族の警護に戻るためか、アストリットの返事を待つこともなく踵を返しており、慌ただしく王太子の天幕の方に歩き出しており、アストリットの表情の変化には気が付かないままだった。
 「・・・お忙しいことですね。・・・でもまあ、ヴァリラ連邦軍が潰走すると見せて兵を釣り出してから、別動隊に王太子を狙わせるとかの戦術を使わないとは限りませんし、ね・・・」
 アストリットはふふっと笑ったが、すぐに眉を顰めながら思案を始めた。思案が終わると置かれていたカップを持ち上げる。温くなりかけたお茶を口に含むと、座り直した。
 アストリットの動きを見て、アストリットの護衛騎士たちがすっと近寄ってきた。その三人のうちの一人カルラ・イグレシアが声を潜めた。あと二人の護衛騎士ドロテア・クラビホとエリカ・テラパスが剣に手を置いて周囲の警戒を続けたままでいる。
 「・・・お嬢様、いつでも動けるようにされなくてよいのですか?」
 実のところ、この三人の女性騎士はアカデミア・カルデイロの課外授業で雇われていた自由騎士たちで、女性でもあったため、ベルゲングリューン家にアストリット専属護衛として雇われていた。それに国王につけられた護衛騎士もいたが、専属護衛でもなかったため、今回の戦には付いてきて居なかった。
 「椅子とテーブルは片づけた方が良いでしょうね」
 「・・・わかりました」
 カルラが頷く。
 アストリットが、テーブルを分解しようとして、手を出そうとした三人の護衛に思い出したように告げる。
 「・・・ああ、そうそう、今から王太子は撤収しますので、急かされて共に王都に帰るようにと言われます。すぐ移動できるように準備だけしておいていただけますか」
 「・・・はい・・・?」
 三人の護衛はアストリットの言葉を聞いて顔を見合わせたところに、先程の近衛騎士団団長付きの従騎士が伝令として走ってきた。
 「魔女殿!」
 テーブルに持っていたカップを戻したところで、従騎士が口上を述べる。
 「王太子殿下が帰還の途に就かれます!魔女殿は王太子殿下と共に帰還され、道中の警備の役に付かれますようにと、王太子殿下が願っておられます!」
 当惑して護衛騎士が顔を見合わせる。
 「・・・『承りました』とお伝えください」
 アストリットは従騎士が走り戻っていくのを見ながら、ゆっくりと立ち上がった。

 『・・・それでどうだ?』
 『ヴァリラ連邦軍は敗退致しました』
 『反転攻勢する可能性はどうか?』
 『・・・現時点ではないと考察いたします』
 『ないか・・・』
 『はい。
 地理的に言えば、ハビエル王国は四方を囲まれており、攻め込まれやすい地域にあります。唯一北西に山脈がありますので、この北西の侵略はないと想定しているのでしょうが、あのドルイユ王国の侵攻はこの北西方面からでしたので、安心はできなくなりました。
 また国内の兵力は侵略の危険性を認識してからというもの、兵士を増やそうと募集が活発になっております。
 ただ周囲に侵略戦を行うには未だ戦力の点から可能性は低いままですが、魔女の力を当てにすれば、これから侵略の方向へ向かう可能性は高くなります』
 『・・・なるほど。魔女・・・か。厄介なことだ』
 『国内外の貴族が、その魔女の動向を気にしておりますが、ハビエル王室が囲い込み、容易く掴ませなくしております』
 『・・・我が国もか?』
 『協力者も掴みかねておりますようで』
 『家族からは知れないのか?』
 『・・・王城から外に出さないことと、書も制限されているようですので、家族も掴めていないようです』
 『ハビエルの王も用心しているのか・・・?』
 『・・・結果的にそうなっただけかと思われます』
 『・・・そなたはハビエルの王に辛いな』
 『・・・恐縮です・・・』
 『・・・褒めた訳ではないのだが、な』

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