魔女の一撃

花朝 はな

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占い師の助言

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 占い師の言葉を非常な関心を以て聞く。
 ・・・やはり、私は王族に連なるべき人間なんだわ。
 うっとりとバカでかい眼鏡をかけた白髪の老婆を見つめる。
 軋んだ声で、老婆が低い声でなじるのを聞き、ハッとして耳を傾ける。
 「・・・聞いてないのかい、まったく」
 「聞いてます。意識してないだけで」
 老婆が一瞬動きを止め、ため息をつきながら首を振った。
 「・・・いいかい、あんたは今度の王家の夜会に出るんだ。・・・そこで、あんたを見初めるものが出てくる。・・・その機会を逃すんじゃない。良いね?」
 「はい」
 「・・・機会を自分のためにする為には、王族からのアプローチに確実に反応するんだ」
 「・・・わかりました」
 占い師の言葉を何とか心に刻みつけるようにして、覚え込む。・・・というか、覚え込んだように思った。
 「では、占いはこれで終わりだよ。・・・あんたに運命が微笑みますように」
 ニコリと笑い、立ち上がる。
 「・・・ありがとう」
 ・・・グアハルド伯爵次女であった私は、次に王族になるわ。
 「・・・お帰りです」
 踵を返すと、扉の脇に立つ女性の護衛が一言言ってからドアを開ける。
 扉の外に立つ、二人の男の内の一人が無理やりに入ろうとして怒鳴っている仕立ての良い身なりの男の腕を捩じ上げている。
 「やめろ!私を誰だと思っている!この国の貴族だ!中に入れろ!」
 「・・・順番の通りにお並び下さい。この規則を守れない方の占いを、主人はなさいません。・・・・繰り返します、順番が守れないのであれば、占いは受けられません」
 冷静にいう男が貴族の体を押しのけるように扉の前から離れていく。
 手を差し出されて、その手に手を乗せると、女性の護衛が外へと導いてくれる。
 先程貴族だと言って騒いでいる貴族は、占い師の護衛の男に家の敷地からぐいぐいと外へ押し出されて行く。それでも騒ぐので、周囲の占いをしてもらおうと待っている人々に白い目で見られていた。腕を離されて、ふらふらと身体をぐらつかせた後、護衛の男に掴みかかろうとして、じろりと睨まれ、悲鳴を上げて立ち竦んだ。慌てた貴族の使用人らしい男が走ってきたが、護衛に今度は使用人をじろりと睨みつけられ、同じように立ち竦んだ。
 「・・・他の方々も順番に並んでお待ちになっています。もし順番に並ぶのが嫌なら、主人に三倍の料金をお払い下さい。そうすれば、明日の一番に占って下さることでしょう。それができないのであれば、大人しく、並んでお待ちください」
 それのやり取りを横目で見ながら、エスコートされながら扉から外に出た。心配そうに立っていた伯爵家の使用人であるメイドが、駆け寄ってきた。
 「お嬢様」
 「・・・大丈夫よ。嬉しい占いを聞けたから、屋敷に戻ってお父様とお母様に相談しなくちゃ」
 女性の護衛が、手をメイドに預けるようにしながら離し、軽く一礼して扉から家の中に戻っていった。外に居た男の護衛の残りの一人が、次の客を手招きしてした。
 「・・・お嬢様、お帰りになりますか?」
 「ええ、帰るわ」
 頷いて、ノエリア・グアハルド伯爵令嬢は楽しくなって笑いながら顔を上げた。

 扉が開けられる。
 ザワつくホールの雑多な人々がこちらを向いた。探るような視線でそこに立っている者を見ている。しかし、すぐに興味を失い大半が視線を逸らしたのだが、中には凝視する者もいた。
 「・・・いいのかい?」
 父親であるグアハルド伯爵が周囲を見回しながら心配する声音で言ってきた。
 「大丈夫ですわ、お父様。・・・今日はお父様はお母様の傍に居て差し上げて下さいませ」
 伯爵はじっと自分の娘を見つめていたが、なぜか息を吐き出して諦めた表情で頷いた。
 「・・・わかったよ。・・・それでは私はノエリアの母様を迎えに行くからね」
 伯爵は下の娘を夜会の会場にエスコートしてから、一度外に出て、馬車の中で待つ伯爵夫人をエスコートして入ることにしていた。娘を一人にするのは心配だったが、その会場にはノエリアの姉も婚約者と共に入っているはずだったので、事前に姉の傍に居るように言い聞かせていた。
 「お姉さまの傍に居なさい、いいね」
 伯爵は凝視をしている視線を顔を顰めて遮るようにしながら、入り口近くにいたもう一人の娘レアンドラに引き渡す。
 「レアンドラ、ノエリアを頼む」
 父親の伯爵の言葉に、レアンドラが頷く。
 「かしこまりました」
 ノエリアが離れていく父親の背を見つめていると、そっと腕に触られる。
 「お姉さま・・・」
 「・・・ノエリア、あなたが何を考えているのかわかりませんけど、あまり無茶はしないのよ?わかりましたね?」
 「ああ、レアンドラの言うとおりだよ」
 姉の婚約者であるアントニオが隣りでそう言っている。並の顔立ちと言われるアントニオだが、領地の経営、貴族の振る舞いについては伯爵から及第点を早々につけられ、並み居る婚約申込者の中から選ばれた俊永と呼ばれている。レアンドラを夫として支えたいと常々語っている、レアンドラの信者と言っても良い男だった。
 「・・・ええ、わかりましたわ、お姉様・・・」
 一応頷くが、今日は姉の言うことは聞いていられない。占い師の言うとおりにしなければならなかった。そうでないと王族に見初められないのだ。
 ・・・王族って王太子かしらね。学校が違うから、見ることはできないけど、かっこいいらしいと聞くけど・・・。
 占い師は王族とは言ったが、誰だとは具体的には言わなかった。
 ・・・まさか、王様とか・・・。フフフ、そうだったら流石にどうなるのかしらね。
 そう考えると、知らず知らずのうちに顔が綻んでくる。
 ・・・私、王妃になるかもね。
 「ノエリア、何笑っているの?」
 訝し気にレアンドラが顔を覗き込んでくる。ノエリアの笑顔を見た周囲に居た男たちが騒めいた。アントニオが目を怒らせて周囲の男に牽制している。
 「・・・何でもありませんわ。楽しそうだなと思って」
 「・・・そう?でもあまり、御愛想を振り撒かないでね。心得違いする輩が湧くから」
 「はい」
 ノエリアがそう答えたところで、足早に父親が母親をエスコートしながら近付いてきた。
 「よし。誰かに粉かけられたりしていないな?」
 父親の伯爵が、アントニオに確認している。
 「はい、大丈夫です。レアンドラも、ノエリアにも、近付く者はおりませんでした。牽制しておきましたので」
 「アントニオったら、牽制は言い過ぎよ」
 「いやいや、二人は美人姉妹だからな。牽制しておかないと、近寄ってくる奴らが増えて困るのさ」
 アントニオの鼻の下はレアンドラに格好をつけられたと伸びている。
 「・・・男ってそんなことで格好つけなくても良いと思うけどねえ」
 まんざらでもない表情にレアンドラはなる。アントニオに手の甲に口づけられ、顔を上気させた。
 ・・・お姉さまの趣味がさっぱりわからないわ。
 ノエリアがそう考えたときに、王家の侍従が扉を開けながら声を張り上げた。
 「国王陛下並びに王妃殿下、王太子殿下、レヒータ王女殿下、リナレス王弟殿下のお成り!」
 ザワめく人並みの向こうに容姿の優れた王族の面々が姿を見せる。
 ノエリアは身をひるがえして貴族の人垣をかき分けるように前に出る。ノエリアの頭の中には、王族にアプローチされることのみしかなかった。
 ・・・あの言われたとおりにしないと・・・。
 そう考えながら人垣をかき分けて前に出て、顔を上げたところに王族の中でも基盤が弱く能力もない王弟リナレスが、誰にも顧み慣れない最後尾で鬱屈した表情で進んでいた。ふとそのリナレス王弟の行く手の人垣が揺れ、リナレスは足を止めた。二人は下げていた視線を上げて、そのまま顔を見合わせてお互いを見つめ合った。
 ・・・誰?こんなにきれいな顔をした人って・・・。
 ノエリアは王弟の顔をみて呆けた。ぼんやりと考えると占い師の言葉が耳の中に響き渡った。
 ・・・・・・そこで、あんたを見初めるものが出てくる。・・・その機会を逃すんじゃない。良いね?
 ノエリアは占い師の言葉に我に返り、淑女の礼をする。
 「・・・前に出ないでください」
 リナレスが何とか返礼をしようとするが、冷たい声を出し、リナレスの前に立つ侍従がリナレスの視界からノエリアの姿を奪う。
 「じゃ、」
 邪魔をするなと言いかけたが、王太子が素早く戻ってきて、リナレスに声をかける。
 「叔父上、早く陛下の傍においでください。陛下が挨拶をできずに困っています」
 「・・・あ、ああ・・・」
 リナレスが足早に歩こうとしてが、突然足を止める。
 「あ、後で呼びに行かせるので、待っていてくれ」
 身体を寄せ、小声で言うと、ノエリアが顔を赤くして頷く。
 「はい」
 ・・・やはり、占い師の言葉は正しかったのだわ。
 夢見心地でノエリアが考えた。
 グアハルド伯爵家の者はノエリアを除き、唖然としていた。
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