魔女の一撃

花朝 はな

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魔女は要求する

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 国王ルシアノ・ハビエルが執務に使っている部屋は無駄に贅を凝らした作りになっている。執務机には繊細な彫刻が施され、最近輸入されはじめたという白い陶磁器が部屋のそこかしこに置かれている。金糸で豪奢に刺繍されたタペストリーが壁を覆い、最近織られ始めた厚手の天鵞絨のカーテンが最近作られ始めた透明に近いガラス窓の両脇に今度は銀糸で刺繍された房飾りで留められた部屋の真ん中に鞣した革を全面に張った椅子に腰かけていた。
 国王はアストリットの姿を認めて椅子からゆっくりと立ち上がった。国王の斜め後ろ左側に妙に体格の良い厳つい侍従がついていたが、この侍従はあからさまに不機嫌を隠そうともせず、不躾な視線をアストリットに向けている。その視線にはアストリットを特別視する国王の待遇に対する不満から来たのだろうと思われる明らかな怒りの色があった。このように敵国からこの国に亡命してきた貴族に対して露骨に蔑んでいる貴族は、ハビエル王国成立時に叙爵した貴族のうちの一部がそれにあたる。彼らは魔女として覚醒したアストリットを今でも認められない。アストリットに傾倒するハビエル王国国王から受けている信頼を何とか失墜させ、無能なペテン師として排除したいと考えている。
 実際は、アストリットは今まで王都に暮らす貴族の前で力を見せずに来たため、王都に暮らす貴族ではその力を実際に見た者は少ない。アストリットを恐怖や畏怖で見る者はいるのだが、それはアストリットの所業を直接目撃したものから伝聞を聞けた立場の者がほとんどであり、大半の貴族どもは噂でしか聞けなかったため、アストリットの魔女としての力を過小評価しているものがほとんどであったし、ベルゲングリューン子爵が侯爵に陞爵されたり、アストリット本人が望んだわけでもないのにバカの王弟との婚約により、政争という点でベルゲングリューン家を認めない敵視する貴族が増した。アストリットとベルゲングリューン家に反感を持つに至った貴族の中には詐術だと大っぴらに吹聴する家もあった。国王の後ろに控える侍従はそういう立場の出身らしい。
 ただその後ろに左右に分かれて剣を腰に吊るし、紋章をあしらった胸甲を煌めかせて立ち並んだ護衛騎士の表情には不満の色は見つけられなかった。どうやら武官たちにはアストリットの力が正しく伝わっているのだろう、アストリットが護衛たちに視線を投げかけると、畏怖の対象とされたのか、明らかに動揺して視線を宙に這わせる。同行した近衛騎士から、悪魔を呼び出した出来事について聞いていたらしい。
 アストリットが部屋の扉のところで立ったまま一礼をする。アストリットの後ろには侍女のイレーネと護衛のカルラとエリカが三人並んで立った。
 国王が部屋の中に立ち、アストリットと正対する。
 アストリットが笑顔で国王ルシアノ・ハビエルを見た。
 国王はその笑顔に内心戦々恐々としながらアストリットと対していた。九千のドルイド王国兵を一瞬で戦えなくしたというアストリットに、ハビエル王国の誰も太刀打ちできない。それをわかっているからこそ、ハビエル王国国王ルシアノ・ハビエルはアストリットに対して言いようのない不安を抱えていた。アストリットの機嫌を損ねれば、ハビエル王国は消滅してしまうかもしれない。どうやって機嫌を取るか、国王はその一点に注力しなければならない。アストリットの機嫌を損ねないよう、国王ルシアノ・ハビエルはアストリットの言い分を呑むしか方法はないのだった。
 「陛下」
 アストリットはにこにこしながら、礼をした。
 「あ、ああ・・・。ベルゲングリューン嬢、息災であったか」
 「・・・おかげ様にて」
 アストリットが短く答える。
 「・・・ま、いや、ベルゲングリューン嬢、大臣らを同席させてもよかろうか?」
 魔女と言いかけた国王がアストリットの尊称にと言い直し、国の大臣らの同席の許可を得る。     
 その言葉にあの厳つい侍従の顔がさらに歪む。
 「ええ、どうぞ」
 鷹揚にアストリットが微笑むと、国王はそそくさと不満顔の侍従に命じて、隣室から待機していたのだろう大臣たちを招き入れた。
 「・・・ベルゲングリューン嬢、お久しぶりでございますな」
 そう笑顔の大臣たちだが、アストリットを恐れているのだろう、その笑顔は皆一様にぎこちない。
 「・・・さ、さて、・・・ベルゲングリューン嬢、そなた何かこの王に聞きたいことがあると申して居ったのだな?」
 「はい」
 「・・・なんでもその疑問に答えよう・・・、申してみよ」
 十中八九、ヴァリラ連邦の侵攻戦に従軍するようにと命じたことだろうなと、わざわざ公式の記録が残る謁見として訪ねてきた意図に、国王と大臣が思いを巡らした。
 国王ルシアノ・ハビエルはハビエル王国一飛び抜けた戦力であるアストリットに命令をし、簡単にヴァリラ連邦領土を手に入れようと画策していたために、アストリットが国王の命に背く可能性を考えて戦々恐々としている。アストリットが命を受け入れるのであれば、アストリットの要求をある程度聞き入れなければならないだろう。アストリットの笑顔が空恐ろしく思え、密かにビクついていた。今ここで近衛騎士が語ったように悪魔など呼び出され、それをけしかけられでもしたら、我々は今ここでお陀仏かもしれない。機嫌を損ねないようにしなければ。それが国王をはじめとするアストリットが正対する面々の思いだった。
 「陛下、私は国軍がヴァリラ連邦に出撃して、町の一つを占領したとお伺いいたしました」
 アストリットの言葉に国王と大臣の幾人かがびくついたように体を揺らした。
 「・・・、そ、そうか」
 「お祝いを申し上げます。・・・領土が広がったわけですね。これで、この国の発言力も上がることでしょうし、他国との交渉もやりやすくなりますわね」
 アストリットの言葉に大臣たちがざわつく。
 「・・・」
 アストリットのにこにこ顔がうすら寒いものに感じられ、国王は背中に冷たいものが流れたように感じた。
 「・・・そのはずですのに、なぜか私の力を必要とするとお伺いいたしました。・・・何かの間違いではありませんか?」
 突如アストリットの表情がなくなった。
 「・・・い、いや・・・間違いではないのだ・・・」
 「なぜでしょうか?」
 アストリットはもう笑っていない。というか、今まででも表情としては笑顔でいたが、実際には、目だけは笑ってはいなかった。それが、笑顔を引っ込め表情を消した途端、なぜこれほどまでに恐ろしく感じられるのだろうか。
 「・・・」
 国王ルシアノ・ハビエルは息をのんだ。
 「町を手に入れたのなら、それでよしとすればよいではありませんか。・・・欲をかくと何もかも失いますよ」
 「・・・いや・・・しかしだな・・・」
 歯切れ悪く国王ルシアノ・ハビエルがアストリットに反論しようとしているが、うまくいっていない。大臣たちはアストリットの怒りを向けられないようにと思っているらしく、身じろぎもせず、何もかも国王ルシアノ・ハビエルに任せ、空気と化している。
 「・・・ヴァリラ連邦をハビエル王国に併合して何か利点があるとでも言われるのですか?」
 埒が明かないと感じたのか、アストリットが話を誘導するかのように国王を促す。
 「・・・あ、ああ、そうだ。ヴァリラ連邦を併合すれば・・・その・・・なんだ・・・、べ、ベルメール帝国に対抗する力が得られるはずだ・・・」
 国王ルシアノ・ハビエルが元々少しは考えていたことなのだが、本当はさほど重要視していたわけではない言い訳で、なるべく本心を隠そうとする。本心はただヴァリラ連邦が手に入りそうになったから併合したいという考えになっただけだ。
 「高々ハビエル王国の国土の半分程度しかないヴァリラ連邦を併合したぐらいで、私はあの帝国に対抗できるとは思われませんが?」
 そうアストリットは国王の言葉をばっさり切り捨てる。
 「・・・そ、それは、そ、そなたの考えであろう?・・・併合すれば民が増える。それによって兵も増えるのだ。それが帝国への抑止となる、そう考えているのだ」
 「・・・」

 実際のところ、アストリットはベルメール帝国が今侵略をしていないことが気になっていた。ベルメール帝国からの亡命貴族は、一様にベルメール帝国の動向について注力している。御多分に漏れず、アストリットもベルメール帝国については幼い時からどのような些細なことも情報を得るようにしてきた。亡命貴族の存在を、ベルメール帝国皇帝は許してはいない。そのベルメール帝国が今まさに動かないなど、ありえない。
 今、ドルイド王国の兵が無謀な攻撃で、一万近い兵が消えている。あの精強なベルメール帝国軍が一気に兵力が下がったドルイド王国に侵攻しないはずはない。ドルイド王国の民が軍に志願したとしても、使い物になるまでにはある程度の訓練などの期間を経なければならないはずで、あの名高いベルメール帝国の軍なら、そんな二流の兵の集まりなど蹴散らすはずだ。
 ただ、アストリットは最近、王宮に見慣れない使用人が増えていることに気が付いていた。その者たちは一様にアストリットの様子をさり気なく窺っている。探っているだけで、暗殺とかの気配はないが、どうやらアストリットのことを知ろうとしている者がいるらしい。その者の命で監視をしているのかもしれない。ひょっとすると、アストリットについて調査し、そして対策をしてから動き出すのかもしれない。
 『なんにせよ、時間があるのはありがたい』アストリットはそう考えた。『お父様の領地を要塞化できれば、姫様も、お父様、お母様、お兄様、グレーテルも護れる』

 「・・・私は陛下のようには思いませんが、まあ、陛下がそう仰るのであればそういうことにしておきましょう」
 アストリットは聞いた者が不敬だと騒ぐかもしれないことをサラッと言い、受け流した。
 「そ、そうか・・・?」
 国王は何とかアストリットを言いくるめられたと思い、安堵する。
 「・・・それでは、そなたはヴァリラ連邦へ赴いてくれるのか?」
 「・・・」
 アストリットはしばし国王ルシアノ・ハビエルを探るように見返し、笑みを深くした。
 「・・・どうなのだ?」
 アストリットの様子に国王が焦れたように返答を促す。しかし、アストリットはすぐには返答しなかった。
 「陛下、現在のヴァリラ連邦はハビエル王国と領土の面で差が出来てしまいました。時間をかけることでヴァリラ連邦を制圧をできると思うのですよ」
 「・・・時間をかける?」
 戸惑った表情で、国王がアストリットを見返す。
 「そうです、あと一年ほど待てばヴァリラ連邦はハビエル王国に併合を申し出て結果的に制圧できるはずです」
 アストリットがそう答えたところで、国王は動きを止めた。
 「・・・い、一年・・・?」
 「はい、そうです」
 強張ったままの表情でアストリットを見返す。
 「・・・一年はかかり過ぎだと思うのだが?」
 「国にさほどの犠牲もなく隣の国を併合できるのですから待ったほうがよくありませんか?」
 時間をかけたほうが、併合後の反抗の芽を摘み取ることができる。収支を考えれば、時間をかけたほうがプラスに働く。時間をかけたほうが回収も多くなるのだが、国王ルシアノ・ハビエルは欲に目がくらんでいるのだろう、アストリットの言葉に反応は良くないようだ。
 「しかし、しかしな、魔女殿。ヴァリラをもっと早く制圧したいのだ。後のことを考えれば、早ければ早いほど良いと思わぬか?」
 本当のことを言えば、アストリットにとっては、ヴァリラ連保の併合の遅い早いなどどちらでも良いのだが、アストリットの望みを国王が承諾してくれるためにはここでアストリットの方から折れておかなければならないだろう。
 「・・・わかりました。そうまで言われるのであれば、私が赴きましょう。・・・ですが、きっと後悔なさいますよ。一年経てば手に入るというのに」
 アストリットの言葉に、国王ルシアノ・ハビエルがにたりと笑った。
 「・・・そ、そうか!頼むぞ、魔女殿!」
 国王が喜色を漲らせたところで、アストリットが絶妙なタイミングで口の端を上げ、にやりとした。
 傍から見ていた大臣たちは、実入りが多く入った時の希代の悪党が笑った様に似ていたと後に語り合ったと言われている。
 「言葉など必要ありません。本来折らなくて良いはずの私が、骨を折る代わりに、陛下から褒美をいただきたく思います」
 国王はやはりかとアストリットの言葉を聞き、肩を落とす。
 「・・・ほ、褒美か・・・」
 「はい」
 無邪気にほほ笑むアストリットの笑顔を見てその背後に黒いモノをこの場にいた皆は、見たと思われる。
 「・・・よかろう、赴いてくれるのであれば、そなたの要望を叶えよう」
 「ありがとうございます」
 アストリットが笑顔で一礼をする。
 「・・・して褒美は金でよいのか?」
 国王は相当吹っ掛けるのだろうなと考えた。
 『払えるか?ぶっ壊れた願いでなければよいが』

 「・・・そうですね、貨幣ではなく、土地が欲しいです・・・、そうですね・・・アンソラの地をいただけますか?」
 しかし、次のアストリットの言葉に、国王ルシアノ・ハビエルは耳を疑った。
 「・・・」
 「・・・へ、へいか・・・」
 「む・・・むぼうだ・・・」
 大臣たちが立ち騒ぐ。この室内のアストリット以外の者が唖然としていた。
 アンソラの町は内務大臣のバンデラス伯爵の領地の領都にあたる。そしてアンソラの地はベルゲングリューン家が貰った領地のお隣に当たっていた。
 「・・・」
 国王ルシアノ・ハビエルは立ったまま、顎に手を当てて考え込み、無言で立っていた。
 大臣たちが騒ぐ中、国王はただただ黙って考え込んでいた。
 「へ、陛下、理不尽でしょう・・・」
 内務大臣バンデラス伯爵が弱々しく訴えかける。
 アストリットの価値と内務大臣の価値を秤にかけ、考え込む国王をアストリットは涼しい顔で、内務大臣は縋るように、他の大臣たちは口々に自分の考えだけを語って小声で議論していた。

 あまりにも通らない要求だと思われたのだが、意外にもハビエル王国国王は以外にもこの場で回答を出した。どうやらアストリットの価値は国王ルシアノ・ハビエルにとって相当高かったようだ。
 「よかろう。・・・バンデラス伯爵には、代替えの領地を用意する。アンソラの町は伯爵の領地となってたかが十数年だ。さほどの不満は出ないだろう」
 内務大臣のバンデラス伯爵がその場に崩れ落ちた。
 反対に、アストリットは笑う。
 『これはまず手始め。・・・わが家が遠くない時期にこの王国から離脱するときのために、国王の評判をもっと落としておかなければなりませんわね。・・・欲のために臣下に犠牲を強いる王。この国の貴族ども全員、疑心暗鬼に陥ってくれて、困惑した領地を助けることができるようになれれば・・・』
 アストリットは内心を隠し、淑女としての礼をする。
 「良いお返事をいただけて、うれしゅうございます、陛下。・・・陛下が即決していただけたので、私もこれから準備をして、早速ヴァリラ連邦へ出向きましょう」
 「魔女殿、頼むぞ」
 頷いてからいまだ座り込んだままのバンデラス伯爵に視線を落とし、国王は淡々と言う。
 「・・・そうだな、バンデラス伯爵には王の領地の中から実入りの良い地を用意する」
 興ざめしたとでも言いだしそうな冷めた口調に、部屋のざわめきが大きくなった時に、アストリットは唐突に思い出したとでも言うように言い出した。
 「・・・陛下、私のお願いをもう一つ聞いていただけませんか?」
 いつまでも不満気な侍従に指図して崩れ落ち立ち上がれそうにない内務大臣を助け起こさせていた国王がアストリットに向け振り返った。
 「・・・願い?まだ何か欲しいというのか?」
 呆れたというような表情で国王が言葉を返す。アストリットが承諾したことでヴァリラ連邦がもう手に入ったと思い、高揚していた国王が軽口をたたいた。しかし、アストリットはそのような国王の高揚感を一気に消し去った。
 「まあ、よくお分かりになりましたわね、陛下。この王宮の近くの離宮の一つを渡し専用の屋敷としてご用意ください。そして衛視を配置して、あのバカな王弟を近付けないようにしてください」
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」
 大臣たちがアストリットの言葉に顔を見合わせた。
 『そう言えば、侍女たちの噂話の中に、魔女は王弟殿下と会うのを拒んでいるというのがあったな』
 『・・・そういえばその話聞いたことがある』
 『顔だけで頭が残念な王弟殿下が陛下に言われて仕方なしに会いに来ているとか聞いて、魔女がキレて王宮の監視塔の屋上に飛ばしたとか』
 『・・・聞いたことがあるぞ、部屋に押し入ろうとした王弟殿下が扉の前で怒鳴っているのを聞いたベルゲングリューン嬢が監視塔に移したとかいうやつだ』
 『あの殿下ではなあ、魔女殿でなくても利口な令嬢は軒並み嫌っていると言うぞ』
 『王族だ王族だという前に、王族としての責務を果たせと言いたいところだな』
 『・・・魔女殿も貧乏くじを引かされたというところだな』
 『・・・陛下だけだよな、あの殿下と魔女殿を結び付けれて、魔女殿を王国に結びつけれたと思っているの』
 なんだか言いたい放題だと思う。
 「・・・そ、・・・そなたは、王族とつながりたいと思ってはおらぬのか?」
 大臣たちのこそこそ話を聞いたか聞かぬかの国王の言葉に、アストリットはまたまたと手をはたはたと振り、嫣然と笑った。
 「・・・私はあることないこと喚き散らしに来るあの方が邪魔でしかないのです。・・・毎回あの方が来る度に、消し去りたい衝動と戦っているのです。ただ・・・あんな方でも消えたら困る人が出るのでしょうから我慢をしているのです」
 言いながらアストリットが虫唾が走るとでもいうように、腕をこする。
 『・・・辛らつだな・・・』
 その場の誰かから思わずの言葉が漏れた。
 「しかし、あの方は陛下の命で、私の婚約者ということになっております。・・・ですが、私はあの方と暮らす未来を考えられません。あの方との婚約というものを無しにしていただきたいといつも思っておりますが」
 「・・・すまぬが、婚約を解消することは許されん」
 国王ルシアノ・ハビエルの言葉が冷然と響いた。
 「魔女殿の身分を保証するものは、今のところ、わが弟の婚約者という点だけだからだ。そなたへの厚遇も、その一点にて認めているのだからな」
 「・・・そうですか・・・」
 アストリットの目が細められた。その視線は国王ルシアノ・ハビエルを射抜くように敵意で満ちていた。
 ざっと、国王の後ろにいた護衛二人が緊張した。震えながらも腰の剣の柄に手をやる。そして柄を握ろうとしたときに、アストリットの目から敵意が消えた。
 「・・・陛下から離宮をいただけるのであれば、あの方を締め出すこともできます。婚約はその内ということにして、今は離宮だけで結構ですので、先ほどのアンソラの町と併せて賜りますよう、お願いいたします」
 一触即発の事態がなくなったと感じたか、居並ぶ者たちから止められていた息が吐かれた。 

 こうしてアストリットと国王との会談は終わった。
 結局のところアストリットの願いは全部叶うことはなかった。領地と離宮は手に入れられたのだが、あのおバカ王弟との婚約は継続となった。
 「・・・そなたがリナレスを嫌っていることはわかった。だが、私とて、そなたの望むものを認めたのだ。領地アンソラと離宮だ。だからというわけではないが、リナレスとの婚約は続けてもらう。・・・なに、嫌よ嫌よも好きのうちというではないか」
 『違うわ!』
 『あほか!』
 国王の言葉にアストリットの侍女と護衛から即座に否定する言葉が上がったのだが、小声でなされたため、国王には聞こえなかったようだ。

 そしてアストリットは馬に乗り、ヴァリラ連邦と対峙するハビエル王国内に作られたハビエル王国軍の陣へとやってきたのだった。

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