怨刃=ENNJINN=

詠野ごりら

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二章

幕末10

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 木々の間を見え隠れする物陰を、晋作と俊輔も確認した。
 すると俊輔も刀に手をかけ、低い姿勢で晋作にすりよってきた。

「あの者ども、一体何処の手の者でしょうか?」
 俊輔の声は緊張感で喉が締め付けられたのか、乾いた声である。

「そんなこと僕が知るはずがないだろ!薩摩かもしれんし、会津や幕府。。。長州者かもしれんぞ」
 晋作は緊張感の中、俊輔の気持ちをほぐそうと、長州の名を最後に出したのだが、とうの俊輔はそれを大真面目にとらえてしまい、目をむいて晋作を睨んだ。

「ちょっ!長州ですか!高杉さん、国に狙われるようなことを何か!」
「俊輔!声が大きい!」

 そこへ伊助が気配も無く割って入り、細く枯れた声をかけてきた。

「お二人!ここは我に任せ逃げよ!」

 伊助はそれだけ言うと、腰を落とし、驚異的な跳躍力で、刺客とみられる者が居る場所まで跳んだ。

 
 伊助は着地と同時に小烏丸を抜き、右手一本で胸の前に構えると、左肩と切っ先を閉口にするような奇妙な体制のまま、木を背にしていた刺客の一人に体当たりをし、そのまま切っ先を突き刺し、そのまま身体を回転させ喉をかっ斬ってしまった。
 刺客は声も無く喉から血を吹き出し絶命。
「ケッ!」
(あと二人か!)

 伊助は瞬時に次の者へ視点を移し、その場所へ飛び移る。
 上段に構える刺客に、伊助はその下を水平に斬り込む、が、入りが浅かったようで深手を負わすことが出来なかった。

「クワァ!」

 伊助が悔しさに唸りを上げた時、背後に気配を感じ、身体を反転させた。
 だが、一瞬反応が遅れたのか、伊助の右肩を浅く斬られてしまった。

「ケケッ!」

 伊助は右肩から漂う生臭い匂いに、奥歯を噛みしめると、刀を構える力に若干の弱さを感じたが、かまうことなく肩を斬りつけてきた者の喉を一気に貫いた。

「フン・・・」

 後一人・・・イヤ二人か・・・

 伊助はいつものように右手で拍子を取ろうとしたが、うまく右手が動かない、思ったより右肩にはいった刀は深かったようで、もう右腕の感覚はほとんど無かった。

「ケェ・・」

 伊助は吐き捨てると、一番近くにいた刺客の気配に迫り、力任せに袈裟斬りにし、倒した。

「フン!」
 伊助は近く迫っていた気配に気づくと、後ろ飛びしてその刺客から間合いをとると、なにか違和感を感じた。
 右腕が肘から先が無い・・・。

(もうよい!逃げい)
 伊助の身体の中に、八咫の声が響くと、大きな烏へと変貌し、その場を飛び去っていった。

 その異様な光景を、木陰で見ていた晋作と俊輔は唖然と新宿の空を舞う怪鳥を見つめていたが、晋作は何かを確信したかのように呟いた。

「やはり、僕が睨んだ通りだ」



 巨大な八咫烏たなった伊助は、新宿の上空を旋回して、力尽きるように神社の境内に着地した。

「何故あのような者の為、命を削るようなまねをしたのだ」

 八咫は、自らの体内に取り込んだ伊助にたいしていう。
 伊助の行動を攻める口調ではないが、伊助があのような行動をしたことに、八咫は意外性を感じていたのでる。

(あの者を殺してはならぬと言ったのは、アンタだぞ)
「左様であったな・・・」
 
 八咫は冷笑するような独言を発し、本殿の横にある石柱を見上げた。

 そこには、十二社熊野神社と彫られている。

「熊野神社か・・・ここに舞い降りたのも、定めであったのかもしれぬな・・・」

 八咫はヨロヨロと社殿の横にある小さな社へ歩き始めた。

「また暫く、身体を休めるとするか・・・」

 巨大な八咫烏(八咫)の大きな身体は、社の中へ吸い込まれるように消えていった。

 そして社の中には、人知れず一振りの刀となった八咫が眠ることとなった。






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