怨刃=ENNJINN=

詠野ごりら

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二章

幕末9

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 晋作は何事も無かったかのように、軽やかに歩き始め、その後を無表情な伊助がフラフラと着いてゆく。

 俊輔も仕方なく、その後を追い、妙な三人組は内藤新宿へと向かった。

 現代の新宿御苑から新宿駅辺りは、高遠藩(たかとう)内藤の領地であった為、内藤新宿と呼ばれていたが、晋作一行は、その領地そばを通る新宿追分の坂を下りきるまえに、宿屋などがある開けた地域の方角とは逆へ歩み始めた。

 俊輔はその方向に何か心当たりがついたのか、苦い顔を露骨にして。

「やはりですかぁ」
 俊輔は大股で歩く晋作の背中に声を投げた。

「何が、やはりなのだ?」

 晋作は歩みの速さを若干緩めて、振り返る事も無く答えた。

「何を惚けていらっしゃる!こちらは花街の方角でございましょう・・・まったく、貴方というかたは、品川の遊郭は同士の目があるから、こんな所までわざわざ来て、高杉さん貴方は本当に見上げた心持ちのかただぁ・・・」

 俊輔の嫌みたっぷりな言葉を背中で受けながら、晋作は軽く咳払いをしてニヤリと笑うと、嫌み返しのように。

「伊藤俊輔君!お褒めの言葉誠にこころいる!ハッハッハ!」
 
 晋作は笑いながら、歩幅を落とし緩やかに歩き続けた。

「私は褒めちゃいませんよ!まったく!」
 俊輔はそう言いながら心の中では「この方と居ると本当に飽きることが無い」と何故か晴れやかな気持ちになってしまうのだった。

 晋作等三人は、木々の茂る緩やかな丘を登っていった。
 その場所は現代の西新宿の端の辺りで、高層ビル群が建ち並ぶ「副都心」にほど近い地域なのであるが、勿論晋作の居る時代にはその片鱗などもなく、整備された草木のなかに歩道が通る庭園のような光景が広がっていた。

 そんな中を歩いていると、三人の目の前に突然小さな滝が現れ、その流れは、大きな池に注がれており、水面には数隻の小舟が漂っている。

 その一体は「十二社(じゅうにそう)」と呼ばれる地区で、その池沿いに料亭や遊郭などもある小規模な花街が広がっている。

 そんな風景に気が緩んでいる晋作と俊輔とは別に、伊助は何かの気配を察したのか、咄嗟に晋作の前に進み出て、晋作の腕に軽く振れ、危機を伝えた。
 伊助はその行動の流れで、素早く刀の鞘を握り、鍔に軽く親指をかけ、いつでも抜ける姿勢をとった。
 
 伊助の視線の先では、茂みがわずかにであるが、不自然に揺れた。

「高杉・・・奴等くるぜ・・・」

 伊助は咳をするかのような掠れ声で言うと、状態を低く構え、鍔にそえた親指で刀を少しだけ出し入れしてテンポをとるようにはじき始め、鋭い目で敵の位置を確認している。
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