14 / 33
2章
八山 1
しおりを挟む
第二章 1 怪僧八山
ここに一人の僧侶がいる。
僧名を「八山」(やざん)といい、生まれたときの名わとうの昔に忘れた。貧しい農家の八番目の子として産まれたらしいのだが、そうれも僧名を授けるときに作り上げた話なのかもしれない。
八山の家は貧しい小作人であったそうだ、貧しい農家で八人の子を育てるのことは困難である。
人減らしの為生まれたばかりの子を殺める家や、生まれたばかりの赤子を、川に流してしまう一家もいたのだというほどの世の中で、八山の母は末の子を山寺に預ける選択をした。
幼い八山は母親の手に引かれ、村から遠く離れた山寺へ連れて行かれた。
八山は山門を潜る時にひときわ強く握った母の手の感触を今でも覚えている。
山門を潜り、本堂が見えた辺りで、母は八山にこう言った。
「仏様に手を合わせなさい、その間目をしっかり瞑っているんだよ」
「うん」
八山は言われるままに本堂に向かい手を合わせ、目を瞑った。
それが母との最後に交わした言葉となった。
祈れといわれても、幼い八山に、祈ることなど何も無かった。無心で目を閉じ、風が吹くたびに擦れあう
葉音だけ聞いて、ひたすら目を閉じていた。
思えばあれが八山の人生で、最初で最後の「無の境地」に向き合えていた瞬間だったのかもしれない。
だが幼子に、いつまでも無心で目を瞑っていられるはずもなく、八山は言い知れぬ不安感に目を開けた。
そこには母の姿は無く、風が八山の頬を撫でるのみで、あまりのことに泣くことも叫ぶことも忘れ、立ち尽くしていると、寺の住職が歩み寄り、声をかけてきた。
「お主、母御はいかがした」
「しらない・・・」
八山は言葉を発することにより、堰を切ったように感情が崩壊し、零れ出る涙と嗚咽を吐き出すしかできなかった。
その日から八山は住職に育てられ、修行の道に励むことになるのだが、成長して少年期を迎える頃には、八山の気性は荒くなり、住職の手に負えない状態になっていた。
十五の時には酒を覚え、村人と酒宴を繰り返すようになり、泥酔した八山は、我欲を満たすかのように、村娘や農家の嫁を無差別に襲いかかるような、怪物に変貌していた。
そのような狼藉があるたび、住職は八山を本殿に連れて行き、不動明王像の前に座らせ、諭した。
「八山よ・・・何故にそうまで荒れるのだ、このままでは仏の道から墜ち、外道に成り下がってしまうぞ」
「和尚、和尚は、仏も極楽も見た者がないが確かにあるという、だが外道は生きながらにして陥る道だとおっしゃる」
「左様」
「ならば、あるかないか分からんものより、生きながら墜ちる外道こそ、人に解かねばならない道なのではございませぬか」
「八山よ私はそのようなことを聞いておるのでは無い、なぜ乱暴狼藉を繰り返すのだ、と問うておるのだ!お主の申しておることは、自らの蛮行を言いつくろっているだけではないのか」
住職は涙ながらに訴えたが、八山は平然とした表情でいる。
「では和尚様こそ、自らが見たことの無い仏様や極楽の話を村人に解いて、お布施をいただいておる。それは蛮行では御座らんのか!」
「なにを!八山いうに事欠いて!」
そのような問答が何回繰り返されただろうか、八山が十七になる頃、住職の我慢も限界に達し、ついに八山は小さな山寺を破門されてしまった。
破門されたときに八山が住職に放った言葉が。
「私は目で見える人の外道を解きまする!外道を極め、その先に仏が見えた時、またお会いすることも御座いましょう」
それから八山の旅が始まった。
正に怪僧と呼ぶべき僧侶八山の誕生である。
第二章 1 怪僧八山
ここに一人の僧侶がいる。
僧名を「八山」(やざん)といい、生まれたときの名わとうの昔に忘れた。貧しい農家の八番目の子として産まれたらしいのだが、そうれも僧名を授けるときに作り上げた話なのかもしれない。
八山の家は貧しい小作人であったそうだ、貧しい農家で八人の子を育てるのことは困難である。
人減らしの為生まれたばかりの子を殺める家や、生まれたばかりの赤子を、川に流してしまう一家もいたのだというほどの世の中で、八山の母は末の子を山寺に預ける選択をした。
幼い八山は母親の手に引かれ、村から遠く離れた山寺へ連れて行かれた。
八山は山門を潜る時にひときわ強く握った母の手の感触を今でも覚えている。
山門を潜り、本堂が見えた辺りで、母は八山にこう言った。
「仏様に手を合わせなさい、その間目をしっかり瞑っているんだよ」
「うん」
八山は言われるままに本堂に向かい手を合わせ、目を瞑った。
それが母との最後に交わした言葉となった。
祈れといわれても、幼い八山に、祈ることなど何も無かった。無心で目を閉じ、風が吹くたびに擦れあう
葉音だけ聞いて、ひたすら目を閉じていた。
思えばあれが八山の人生で、最初で最後の「無の境地」に向き合えていた瞬間だったのかもしれない。
だが幼子に、いつまでも無心で目を瞑っていられるはずもなく、八山は言い知れぬ不安感に目を開けた。
そこには母の姿は無く、風が八山の頬を撫でるのみで、あまりのことに泣くことも叫ぶことも忘れ、立ち尽くしていると、寺の住職が歩み寄り、声をかけてきた。
「お主、母御はいかがした」
「しらない・・・」
八山は言葉を発することにより、堰を切ったように感情が崩壊し、零れ出る涙と嗚咽を吐き出すしかできなかった。
その日から八山は住職に育てられ、修行の道に励むことになるのだが、成長して少年期を迎える頃には、八山の気性は荒くなり、住職の手に負えない状態になっていた。
十五の時には酒を覚え、村人と酒宴を繰り返すようになり、泥酔した八山は、我欲を満たすかのように、村娘や農家の嫁を無差別に襲いかかるような、怪物に変貌していた。
そのような狼藉があるたび、住職は八山を本殿に連れて行き、不動明王像の前に座らせ、諭した。
「八山よ・・・何故にそうまで荒れるのだ、このままでは仏の道から墜ち、外道に成り下がってしまうぞ」
「和尚、和尚は、仏も極楽も見た者がないが確かにあるという、だが外道は生きながらにして陥る道だとおっしゃる」
「左様」
「ならば、あるかないか分からんものより、生きながら墜ちる外道こそ、人に解かねばならない道なのではございませぬか」
「八山よ私はそのようなことを聞いておるのでは無い、なぜ乱暴狼藉を繰り返すのだ、と問うておるのだ!お主の申しておることは、自らの蛮行を言いつくろっているだけではないのか」
住職は涙ながらに訴えたが、八山は平然とした表情でいる。
「では和尚様こそ、自らが見たことの無い仏様や極楽の話を村人に解いて、お布施をいただいておる。それは蛮行では御座らんのか!」
「なにを!八山いうに事欠いて!」
そのような問答が何回繰り返されただろうか、八山が十七になる頃、住職の我慢も限界に達し、ついに八山は小さな山寺を破門されてしまった。
破門されたときに八山が住職に放った言葉が。
「私は目で見える人の外道を解きまする!外道を極め、その先に仏が見えた時、またお会いすることも御座いましょう」
それから八山の旅が始まった。
正に怪僧と呼ぶべき僧侶八山の誕生である。
0
あなたにおすすめの小説
輿乗(よじょう)の敵 ~ 新史 桶狭間 ~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
美濃の戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(きちょう)は、隣国尾張の織田信長に嫁ぐことになった。信長の父・信秀、信長の傅役(もりやく)・平手政秀など、さまざまな人々と出会い、別れ……やがて信長と帰蝶は尾張の国盗りに成功する。しかし、道三は嫡男の義龍に殺され、義龍は「一色」と称して、織田の敵に回る。一方、三河の方からは、駿河の国主・今川義元が、大軍を率いて尾張へと向かって来ていた……。
【登場人物】
帰蝶(きちょう):美濃の戦国大名、斎藤道三の娘。通称、濃姫(のうひめ)。
織田信長:尾張の戦国大名。父・信秀の跡を継いで、尾張を制した。通称、三郎(さぶろう)。
斎藤道三:下剋上(げこくじょう)により美濃の国主にのし上がった男。俗名、利政。
一色義龍:道三の息子。帰蝶の兄。道三を倒して、美濃の国主になる。幕府から、名門「一色家」を名乗る許しを得る。
今川義元:駿河の戦国大名。名門「今川家」の当主であるが、国盗りによって駿河の国主となり、「海道一の弓取り」の異名を持つ。
斯波義銀(しばよしかね):尾張の国主の家系、名門「斯波家」の当主。ただし、実力はなく、形だけの国主として、信長が「臣従」している。
【参考資料】
「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社
「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳) KADOKAWA
東浦町観光協会ホームページ
Wikipedia
【表紙画像】
歌川豊宣, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。
独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す
【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
焔と華 ―信長と帰蝶の恋―
幸
歴史・時代
うつけと呼ばれた男――織田信長。
政略の華とされた女――帰蝶(濃姫)。
冷えた政略結婚から始まったふたりの関係は、やがて本物の愛へと変わっていく。
戦乱の世を駆け抜けた「焔」と「華」の、儚くも燃え上がる恋の物語。
※全編チャットGPTにて生成しています
加筆修正しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる