探偵君の憂鬱な恋愛 ─惚れた相手は運び屋でした─

夜野綾

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28 ついに都心へ

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 館林のインターチェンジから1時間後、2人は都心に入った。田舎を突っ切る高速とは景色がまったく違う。せせこましい道の両脇にはビルがぎっしりと並び、無数の目のような灯りが車たちの川を見下ろしていた。
 車のすぐ脇に続く防音壁を、時宗は息苦しいと感じた。北海道の高速道路が懐かしい。東京で生まれ育ったはずなのに、時宗はあの地平線まで続く白い平原に帰りたいと感じた。誰の靴跡もなく、しんと静かで厳しいあの大地に。凍死するのもまた自然の容赦ない選別作業なのだと突きつけられる場所で、時宗は海斗に迎え入れられた。
 でも、感傷に浸る時間なんかない。ここは時宗が生きていかなければならない場所だ。
 尾行はどうなっただろう。白いセダンは、海斗がどこに荷物を届けなければならないかを知っている。とにかく海斗の仕事を見届けるために、こちらへ飛ばしてきているはず。アパートはおそらく見張られている。
 黒いワゴンは、海斗が四ツ谷に向かっていることは知らない。だが逆に、五反田の事務所はバレているだろう。仲間が五反田を見張っている可能性がある。警察がどこまで警備を増やしてくれているのかは、まだ見ていないのでなんとも言えない。
 あいつら全員、まとめて海に叩き込めないもんかね。
 コンビニの駐車場で、連中はお互いにターゲットがかち合っていることに気づいたはずだ。協議して手を組む? どうだろう。あの頭の悪そうな連中なら、交渉は下手そうだ。喧嘩でもして相打ちで勝手にいなくなってくれないだろうか。
「そういえば、荷物を届けたっていうのは連絡するのか? まさか受け取りのサインお願いしま~すとかってやらないよな?」
「お前そのサムい感じのやつ、どやって思いつくんだ?」
 海斗め。呆れた声出しやがって。
「いや、報告とかどうすんのかなって」
「札幌に電話する。受け取った奴も電話する。それでわかる」
 なるほど。
「じゃあさ、電話した時にちょっと探ってみたらいいかもしれないな」
「探る?」
「あぁ。見た感じ、白い車の連中と黒い車の連中は知り合いじゃない。仕事も別々だ。白い方はお前の配達を見張ってる。黒い方はお前がじいさんと会うのを阻止しようとしてる。あのコンビニの駐車場で始めてお互いを認識して、絶対に仰天したと思うんだ」
「なる、ほど??」
「で、あいつらは上の指示を仰ぐ。札幌の連中は、お前が足抜けしようとして誰かに協力を頼んだんじゃないかと考えるかもしれない。一方東京から来た黒い奴らは、お前に面倒な仲間がいると考えるかもしれない」
「あいつら、別なヤクザと喧嘩しないといけないって考える??」
「そういうことだ。そして連中にとって困るのは、どっちも自分たちのシマじゃないところで顔を突き合わせたっていうところだ。上の者は考える。まず、今野海斗はどの組に協力を仰いだんだろうと。下っ端の連中は、あの駐車場で仲良くラインのアカウントを交換したと思うか?」
「……取っ組み合いやったって方が信じられる」
「そういうことだ。交渉相手の連絡先も知らないのに、あいつらは交渉の必要に迫られる。海斗の身柄を自分たちで押さえていれば、相手に突き出して交渉を手打ちにすることは可能だが、海斗もトンズラして見つからない。その場合、解決方法は……手を引くか、手を引かないか」
「手ぇ引いてくんねぇかな」
「そう、一番簡単なのは、手を引いて知らんぷりを決め込むことだ。最初から海斗はいなかったものとして諦める。交渉相手も見つからないなら、波風立たない。その可能性に賭けて俺たちは荷物だけはきっちり届けようとしているわけだ。
 もうひとつは、ツテを駆使して交渉相手を見つけ出し、交渉に乗り出す」
 海斗は不安な声を出した。
「あいつら手を組んで、札幌にオレを連れ戻すんじゃ」
「その可能性が一番悪い。丁寧に話し合えば、あいつらはお互いの利害が一致していることに気づくだろう。海斗を東京から追い出し、始末してしまえば。あるいは北海道に閉じ込めて運び屋としてこき使えば、東京組も札幌組も満足する」
「えぇ? ……最悪だ……」
「俺としては、さらに他の可能性……あいつらを喧嘩させることを考えてる」
「どうやんだ?」
 そろそろ竹橋ジャンクションだ。札幌から東京へ。日本列島の半分を縦断する長い長い旅はもうすぐ終わる。そしてそこから、時宗の闘いが始まる。ポケットからチロルチョコを出して、時宗はもぐもぐ食べた。
「配達が終わって報告の電話を入れるときに、言ってやるんだ。新しい『友人』ができたって。あいつらは俺を見ている。簡単に信じるだろう。さて、その『友人』は、お前に申し出る。新しいパトロンとして借金は全部肩代わりして、プロのドライバーとして雇うって。優しくていい人なんだとお前が嬉しそうに言ったら?」
「あ~、頭にくる」
「はっきり言ってメンツ丸つぶれだ。うまくいけば、お前を取り返して、新しいお前のパトロンから迷惑料か手切れ金を徴収しようと考えてくれるかもしれない。東京の連中には何とか接触して、『お前らの今の雇い主よりいい報酬で、こっちも警備を雇った』と言ってやる。雇い主からヤクザどもを剥がして、札幌のヤクザと仕事の取り合いをさせる」
「へ~~」
「うまくいけばな。まず東京で動いてる連中を見つけないと」
 時宗には、もうひとつ引っかかることがあった。あの時コンビニで、黒いワゴンの男は「お前、時宗って言うんだろ?」と言った。海斗の方を気にするそぶりはまったくなかった。
 まさか、狙われてるのは俺じゃないよな?
 自分が狙われているとすれば、どんな可能性がある?
 まず、父と兄。いや、だけどこのタイミングで? もしかして、俺が長期に渡ってあいつらの横領・背任を調べているのがバレた?
 そもそも、自分が札幌から東京に向かっていることはどこでバレた? 弥二郎から情報を抜いたのか? もしそうなら、弥二郎の拉致を指示したのは父と兄ということになる。それも変だ。普通に電話で呼び出せば警察沙汰にはならないのに、わざわざ大騒動にする必要性がない。あるいは……弥二郎の拉致はやはり海斗のほうの事件がらみで、時宗の足取り自体は青森のホテル辺りから足がついた? その可能性はあるが、それにしたって時宗を拉致する動機が、いまさらすぎてわからない。
 単なる身代金目的の誘拐? それもタイミングが重なりすぎている。
 何だろう……。
 コンビニで得たすべてのデータはすでに敬樹に送ってある。警察が捜査してくれているはずだ。
 もうあとは五反田に行ってからだな。
 敬樹は眠っているだろうか。弥二郎のところに敬樹が来た時のことを思い出す。痩せて、ほとんど話さない少年だった。敬樹が悪夢に叫び声をあげるたびに、弥二郎は敬樹と一緒に寝てやっていた。
 弥二郎は絶対に無傷で取り返してやるから。
 あと少し。
 スバルはトンネルをくぐり、数分後、ついに高速道路のすべての道を走り終え、一般道路へと滑り降りていった。

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