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ブラックモアの触手

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「こらこらキャンディスや、あんまりお転婆しちゃダメだぞぅ」
「はーい。ファピー」
「ふむふむ。キャンディスちゃんは良い子でちゅねー」
 レブナントとマダムレブナントとの間に待望の娘が産まれてから、もうじき3年になる。キャンディスはまだ3歳になる少し前であるが、よく動き回るし話し言葉も、同世代の子どもたちに比べて明らかにハッキリしていた。
 だけど、流石にお転婆の意味はまだまだ理解していない。ただ単に父親の言葉に返事をしただけ。猫や犬が彼女ぐらいの年齢の知能を有していると言われていて、名前を呼ぶと“にゃー”とか“わん”などと応えてくれるけど、それと同じであるのだ。
 好奇心が強く、まだまだ幼過ぎる悪役の令嬢は父親の目の行き届かないところでとある食べ物へと手を伸ばしてしまう。それは林檎。紫色の毒っぽい果実で普通の人ならまず食べてみようとは思わないけど、センスが少し風変わりなのか?キャンディス嬢は美味しそうと感じて、そして齧ってしまったのである!
「ノー!なんてこった!なんてこったあー!」
 レブナントは驚愕した。慌てて林檎を取り上げる。
「あーんあーん!あたちのリンゴォー」
 キャンディスは食べていた林檎を取り上げられてしまい号泣する。ファピーからこんな意地悪をされたのは生まれて初めてであったのだ。
 一方のレブナントは取り上げた林檎を見つめて衝撃のあまり気絶しそうになってしまう。生ける屍兵士を作るための美味しい美味しい毒林檎。かなり齧られていたのだ……。

 こっからはいつものアクセル⭐︎アイアンバトラーのファーストパーソン、一人称視点に戻るぜ。

 早いもので15歳になって世界中を冒険するようになって1年の歳月が流れた。つまりは、俺は16歳になっていたのだ。成人扱いされているとはいえ、まだまだ身体は発展途上中。背も伸びて身体の厚みも増して、道場やジムを訪れてはさまざまなタイプの拳闘士とスパーリングで闘い、そして、拳闘士による格闘技大会に出て実戦で経験を積んでいった。
 俺は今、ベーコンという小さな街で開かれている大会に参加している。16歳になって初めて参加する大会。あまりメジャーな大会ではないが、超大物を除いてそこそこ名の知れた拳闘士は参加しているし、何より拳闘士という者は、強い対戦相手と賞金という吸引剤に引き寄せられるものだ。
 新緑のケヤキマスクのマスクを被る俺は、動物、植物、架空の生き物、さまざまなタイプのマスクを被る拳闘士と闘い、決勝戦まで勝ち進んでいた。ベスト8、ベスト4、越えられなかった壁を越えて初めてファイナルまで進出できたのだ!
 ちなみに、この大会にベスは出ていない。三度ほど同じ大会に参加したことがあるが、いずれも直接対決はできずに終わっている。いずれの大会も彼女の方が好成績を収めてもいた。
 どぜうマスクという拳闘士ととある大会のベスト8で俺は対戦した。ほとんど何も出来ずに俺は敗北を喫してしまった。その直後のベスト4。俺を楽々と下したどぜうとベスト8で長時間闘ったオレンジ色のレパードのマスクを被るベスが対戦した。
 勝ち上がり方からどぜうの方が有利と見られていたが、勝ったのはベスの方であったのだ!圧倒的に強くて短時間で相手をノックアウトして!
 完全に意識を失いぐったりとして担架で運ばれていく30歳の男子拳闘士の姿に、今の俺ではまだまだベスには勝てない、そう思って悔しいけど今は諦めて身の丈に合った大会に参加することにしたほどなのだ。

 決勝戦の対戦相手はスカルソウル。ガイコツのマスクにタイツを着込んだ不気味なやつだ。その勝ち上がり方も不気味かつ異様なものであったのだ。
 相手の打撃をよく被弾する。格闘技をやっていればちびっ子でもかわせそうな打撃さえまともに食らってしまう。マスクの一部が剥がれて流血が露わになることもしばしば。
 だけども、彼は倒れない。どんなに打たれたって倒れないのである。異様なまでにタフだ。彼に敗れた拳闘士でこういうことを口にする者がいる。
 まるで彼は死んでいるようだ。死体を相手にして闘っているようだ。と。
 どんなにパンチとキックをぶち込んでも倒れない。優勢に試合を進めているはずなのにメンタルにダメージを受けて、相手の打撃を食らって負けてしまう。あるいは関節技を食らってギブアップを余儀なくされる。
 兎にも角にも、今まで俺の闘ったこのないタイプの拳闘士であり、不気味で異様な相手であるのだ。
 ブラックモアの手が入れられた者……。ドラゴンAと五指剣士との間に生まれた俺はどうしてもそう思ってしまう。
 

 
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