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ナース服のベス2 ベルセルク憑き

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「でも、どうしてそんな格好してるんだ?」
 俺はあまりジロジロ目線にならないよう意識してナース姿のベスを見つめながら、尋ねる。まさか、俺を喜ばせる、悩殺するとかが理由ではないだろう。
 それにしても、いい匂いだよな。春爛漫な暖かくて甘い香りがピチピチナース姿の全身から漂ってきている。クンクンしないよう意識しても、どうしてもしてしまう状態だ。あと、やっぱりどんなに意識してもジロジロと熱く興奮して、ベスのことを見つめてしまう。
「わたしもアクセルと同じくこの病院に運び込まれたんだ」
「え?そうなの!で、身体の状態は大丈夫なの?どこか傷とか残っていない?」
 驚いて俺は質問攻めをしてしまう。いくら格闘技の試合とはいえ、女の子を傷つけて病院送りにしてしまったことにショックを受けてしまう。まして、俺が惚れていてこの世界で唯一のおんなと思っている、ベスなのだから。
「そのことは母親のわたしから言わせてもらうわ。ベスの身体の一部には一生消すことのできない傷ができてしまったのよ。いえ、アクセル、あなたが作ってしまったのよ。なので、責任持ってベスをお嫁にもらいなさい」
 がびーん。
 母親の言葉に俺はショックを受ける。一瞬凍りついて、これはやっぱりベスをお嫁さんにしなければ、と思ってしまう。好きな異性であるから後々は結婚したいとは漠然と考えてはいたけど、まさか、こんな形で……。

「エリカ!いい加減なこと、っていうか全くの出鱈目言わないで!」
「へ?……」
 プンスカと怒っているベスの姿に、ああ、そういうことだったのね、と全てを理解する。容姿や戦闘力は衰えていないけど、よる年並みには勝てずにオバさん化しているところもあるってことだ。あの五指白薔薇のエリカ・アイアンバトラーでも。
「わたしのダメージは大したことはないから安心して」
「そうだったんだ。良かったよ。で、なんでベスはそんな格好しているわけ?」
「うん。それはね……」
「言いにくそうだから、わたしが代わりに言うわね」
 母さんがそう言った瞬間、ベスはムッとした顔で母さんのことを睨みつけた。
「エリカに任せたらまた変なこと言われそうだから、わたしから言うよ。えっとね、それは……」
「ほら、やっぱり言えないじゃない。大丈夫、出鱈目なことや事実無根なことは言わないから、安心して」
 母親は語り始める……。って、そんなシリアスな話ではないけど。

 ベスも俺の打撃によるダメージを少なからず受けていたが、それ以上に彼女がベルセルク憑き状態になってしまったことが、彼女が病院に運ばれてしまった理由らしい。
 ベルセルク憑きとは、ベルセルクというどんな獰猛で凶暴な獣よりなおも凶暴で好戦的な戦いをする戦士という神話上のキャラクターがいるんだけど、そのような状態になってしまうことだ。
 この状態になると、相手の身体を攻撃する、あるいは身体を破壊することしか頭に無くなってしまうとも言われている。
 実際、拳闘士や戦士、剣士といった職業の者が、あるいは、戦っている闘っている者が、その行動の最中にベルセルクのように自我を失い、ただ相手の身体を壊すことに専念してしまう状態になってしまうことは、ごく稀にある。
 っていうか、俺もそのような状態になってしまった拳闘士の姿を、試合中に見てしまったことがある。実力的に上の拳闘士を相手に一方的に攻撃し、相手に殴られようと蹴られようと一切構わず攻撃し続け、ついに相手を半殺しの状態にまでしてしまった。
 あの時のベスもどうやらそんな感じだったらしい。俺にも少しその兆候が見られたとか。ちなみに、俺もベスも試合中の記憶、そのラストの部分を全く覚えていない。
 記憶にないとはいえ、弟のような存在を試合中に拳闘士生命を奪ってしまってもおかしくないほどのダメージを与えてしまったことに、ベスは衝撃と罪悪感を感じて意識の戻っていない状態の俺のことを付きっきりで看病してくれたみたいなのだ。
 そこまでずっと長い時間看病するなら衛生面的に、プロの看護師と同じ装備をしなければ、ということでベスはナース服を着ることになったみたいなのであるが。

「確かにそういった理屈はあるけど、ハッキリ言って、半ば以上エリカがただ単にわたしにこの格好をさせたかっただけなんでしょう?」
 ああ。やっぱり。エリカの息子として妙に納得してしまう。
「ほら、でも、ナース服を着る機会なんて滅多にないから良かったでしょう」
「それってエリカの価値観」
「激しく同意」
「……まあ、似合っているから良いじゃない。ね、アクセル、あなたもそう思うでしょう」
「え?うん。そのことは否定しないけど……」
 恥ずかしいから、こんな言い方しかできないけど、あまりにもベスのナース服姿は似合いすぎているよ!あと、こんな言い方しかできなくてごめんよ、ベス。
「ベスはね、あなたの意識がない間、本当に献身的に面倒を見てくれていたのよ。身体中の汗を拭いてくれたりね。おむつの取り替えまでしてくれたのは、あなたが赤ちゃんの時のメイドったアンナぐらいじゃないかしら。母親としてこう思ったわ。こんなに面倒見の良い娘がうちの嫁に来てくれたら最高よね、って」
 そう言い切って楽しそうに微笑む母。こういったところに少し年取ったよな、おばちゃんになってしまったよな、そう思うと息子として少し残念に感じてしまう、俺なのであった。
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