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ナース服のベス3 お姉さんのひざ枕

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 病院の外に出られるぐらいに俺の怪我は治っていた。退院も近いだろう。病院の建物の周りは草原や森林になっている。芝生の緑と少し離れた距離にある林も広がっていて、空も宇宙の一部を思わせるぐらいに広大に感じる。
 俺とベスはゆっくり目のペースで芝生の上を歩いていく。本当はジョグぐらいしたかったんだけど、ドクターにはまだ早いと言われ、その診断を無視して小走りしたら、ベスに思いっきり怒られてしまったのだ。
 少し歩いた位置に、大きな木が立っている。その下には白いペンキが塗られた木製のベンチがあり、俺とベスはそこへ並んで腰掛けた。
 日差しは大きく広がる葉に遮られ、ここだけ少しだけ暗くなっている。さささ……。そよ風が吹くと身体全体が心地よくなり、ベスの全身の春爛漫な甘い香りも運んでくれて、うっとりと心地よくなってしまう。

「ずっと先まで広がっているんだね。芝生の草原と白い雲がずっと遠くで一つに接しているよ」
 ベスが呟く。
「うん。すごい広い敷地を持つ病院だよね。大きな街なんかにずっと長い間住んでいると、もうここが別の世界のように感じられるよ」
 スクエアジャングルにも大きな街はたくさんあるし、例えばお城やコロッセオのように高さも広さも大きな建物はいくらでもあるのだ。人が密集する繁華街や市場には5階建前後のビルがたくさん建ち並び、大きなカテドラルなんかも堂々と街の真ん中にある。
 俺とベスがかつて一つ屋根の下に暮らしていた、アイアンバトラー家はアース村という名の10数軒からなる集落の、少し外れた田舎にあるのだが、そこから毎日当たり前のように眺めたいて牧歌的な景色が素晴らしい世界に思えるほど、プロの拳闘士になってからは大きな都市に滞在していることが多くなった。
 なので、こののんびりとしていて、時の流れ方さえ異なるように思えてしまう、別世界みたいな場所にいてその悠久な空気を感じると、とても癒やされるのだ。
 なんと言っても、あのベスがすぐ隣にいてくれるしね。

「そのさ、疲れただろ?わ、わたしのモモに頭を預けてねっ転がりなよ」
「へ?……」
 膝枕をしてくれるってこと。憧れていたけど、いきなり言われると驚きのあまり即決できないでいる。
「良いから。わたしはアクセルに大きな怪我を負わせてしまった責任があるし、それに、弟みたいなもんだから膝枕されるぐらい構わないだろ!」
 ベスは押し付けがましく言い切ると、顔をゆでだこにしながら強引に俺の頭を膝というか、モモへと押し付けてしまった。格闘技以上の素早さで。
 やっぱ、ベスのモモって気持ち良いな。柔らかくて。格闘技で首四の字や三角締めを食らうと、悶絶級の痛さと苦しさを味合わなければならないけど、この膝枕という技だけは別だ。気持ち酔おい。って、膝枕って技ではないけど。

「そのさ、ごめんね、ベス」
「何がさ」
「俺のせいで君まで格闘技から遠ざけてしまってさ」
「気にしなくて良いよ。元々、少し遠ざかった位置で格闘技ってやつを見てみたいって思っていたところだったからさ。良い機会だたっと思うよ。それに一生格闘技だけやっていく人生っていうのも、ちょっとつまらないだろ?だからさ、そういった意味でも良かったって思っているんだ」
「そうだったんだ……」
 なんだか心に余裕があるよな。女の子の方が男の子より成長は早いって言うし、実際そうなんだって肌身で感じているけど、二つどころ五つぐらいはお姉さんに感じられる。
 それにしてもベスの太もも、温かくてピチピチとした柔らかい弾力があって気持ち良すぎだよ。

「もう一つ質問して良いかな?」
「ええ。構わないよ。お姉さん相手に遠慮なんていらないだろ?ただし、イヤらしい質問だったらブチ殺すからな」
「せっかく回復してきたのにまた元の木阿弥に戻してしまうほど、俺だって馬鹿じゃないよ」
「元の……何?アクセルって時々訳のわからない言葉を口にするよな。エリカもギーザーも言っていたけど」
「あはは。俺、本読んでいて間違えて言葉を覚えてしまうことって多いからさ」
 ここは笑って誤魔化すしかないだろう。以前、ニャンニャンなどと言ってしまい、凄い慌ててしまったこともあったけど。

「記憶にある限りなんだけどさ。ベスっていつもは冷静沈着にクールに闘うのに、あの試合では積極的に攻撃してきてすごくホットな闘い方をしてきたよね。どうしてなの?」
「クールな闘い方だけでは通じない相手もたくさんいるってことだからさ。だから、あの大会ではアグレッシブさ、相手の攻撃パターンを読んでカウンター中心の戦い方じゃなくて、こちらから積極的に攻めに出ていく闘いをしたんだ。特にブラックモア一味との闘いではああ言った闘い方っていうのは、絶対に必要になっていくだろうからね」
 やはり、ベスはお姉さんだ。どんなに頑張って追いかけて行っても差は広がっていってしまう一方なのを感じてしまう。甘い太ももに頭を預けながら、その匂いを嗅ぎながら。
「悔しいけど、まだまだベスには及ばないよ。追いつこうと頑張って駆けてみても、俺がマラソンならベスは徒競走並の速さで先に行ってしまうんだから、ずるいよな」
「そんな泣き言言うなよ。男の子だろ。後ろから必死に追いかけてくる存在があったら、もっと距離を引き離してやろうって努力するのが当然だろ」
 悔しさのあまり涙を堪えることはできなかった。ベスはハンカチを取り出して、俺の涙を拭き取ってくれる。完全に弟扱い。
 どこまでも悔しいけど、今はベスに勝ちたいと思うより、甘えてしまいたいという気持ちの方が強い。彼女のモモに顔を擦り擦りしてしまう。
 怒られると思ったけど怒られなかった。今はこの姉と弟のような関係に甘んじているより他なさそうだ。そう感じてしまうのであった。
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