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オレンジドラゴン

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「おおおおお!」
「決まったーあああ!」
 闘っていない時に耳に入ってくる大観衆の声というのは、闘っている時に比べて随分と迫力があるものなんだな。俺は本戦出場拳闘士用席でそのことを実感している。
 そして、何より嬉しい!なんと、あのベスが決勝戦で大接戦の末にオレンジドラゴンを下して、優勝してしまったのである!彼女のファンでもある俺としては、やはり、すごく嬉しい。
 敗戦後、拳闘士用席で試合を観戦することなどほとんどなかったが、今日だけは別。俺が準決勝でほとんど何もできなかった相手に、憧れのベスが決勝戦の大舞台で挑むからだ。
 俺がいつも観戦しないのは悔しすぎて出来ないから。今後の闘いのために観ておくのが一番なのだろうが、気持ちの整理がつかずにほとんどそれができないでいた。

「おおおおお!」
「いよいよマスク交換だ!」
 試合終了後のセレモニーの方も大きく盛り上がっている。どの時代もたったの7人しか付けることの許されない、ドラゴンマスク。そのうちの一つが敗れた拳闘士から新たな拳闘士へと受け継がれていくからだ。
 オレンジドラゴンマスク。長身で一見すると細すぎてヒョロヒョロに見えるが、彼の身体がいかに分厚い筋肉に覆われていて、パワーもスピードもテクニックもいかにハイレベルなものであるのか、準決勝でほとんど何もさせてもらえず敗北した俺は、よく知っている。分からされてしまった。
 試合巧者と言われているほど勝負の駆け引きも上手いと評判だ。以前生で彼の試合を観戦した時、分かったような分からないような気がしていたけど、今回実際闘ってみてそんなものを感じられる余裕もなく、敗れ去っていた。
 本人からしてみたら、駆け引きをする以前に実力差から楽に俺に勝ててしまったのかも知れない……。
 そんな相手にホットにもクールにも闘い、最後は相手の精神的な動揺を誘い込み、スリーパーホールドでギブアップを奪って勝ってしまったベスは、やっぱり凄いと思う。

「滅多に素顔を見せないけどオレンジタイガーちゃん。やっぱ、かわいい顔してるよな」
「おうよ。同じアイアンバトラー家メイド出身者、アイドル的人気拳闘士スカイブルーバタフライ、ライムちゃんと同じぐらいかわいいっちゃ」
 この観客たちの声は素直に嬉しいと思う。やっぱ、みんなベスのことをかわいいと思ってくれているんだな、と。
 それにしても、またまた俺との距離を開けてどんどん前へ進んでしまったわけだけど、今はベスのことを素直に祝福し嬉しく感じている。もっと複雑な気持ちを抱くと思っていたけど、実際に想定していたことが起きてしまうと、意外にも喜ばしいことだと感じてしまう。
 もちろん、ずっと負けっ放しという分けにも行かない。俺だって!と俺自身へのモチベーションへとリンクもしている。そういった意味でもベスのオレンジドラゴンのマスク獲得は、非常に良いことであったと思えるのだ。
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