7 / 36
第6話
しおりを挟むその日の教室は、僕だけの感想かもしれないけど、妙にピリピリしていた。鹿島さんと美原さんが同じグループなのは良くないとつくづく思う。
ホタルイカの下ごしらえは、地道な作業だ。一個ずつ小さいイカの目と嘴、軟骨を取るんだけど、大きな手のみんなはとっても辛そう。特に鹿島さんの手は大きくて指も太いので、大変そうだった。
僕はつい手を貸したくなったけど、冷たいオーラを纏っててなかなか手が出せない。対する美原さんは本当に予習してきたのか、サクサクやってる。多分元々器用なんだろうな。
「面倒ですが、これをすることで各段に美味しくなるので、頑張ってください」
そう僕が声をかける。沢城さんも遅れていたのでそっと手を貸した。
「あ、ありがとうございます。先生」
またまた無垢な笑顔を向けてくる。沢城さん、それ、狙ってるんじゃないよね? これで女性にモテないとか、絶対嘘だ。
「先生、これ、うまいこといかんわあ。イカだけに」
松田さんのセリフにみんな笑い出した。親父ギャグにもほどがあるけど、場が和んだから有難い。僕はその空気に乗じて、進まない鹿島さんのイカに手を伸ばした。
「ありがとう。先生」
鹿島さんがお礼を言ってくれた! やっぱり嬉しい。二人並んで黙々と作業をする。その幸せな感覚に溺れてたら、美原さんから突っ込みが。
「予習してきたの、間違いだったかなあ。僕も先生に手伝って欲しかった」
「ふふん。出来の悪い生徒ほど可愛いんだ」
か、鹿島さん、なんてことを。
「美原さんは本当に手が早くて素晴らしいです。しかも出来上がりも綺麗ですよ」
僕は火花を散らしている二人を宥めようと、美原さんを褒める。美原さんが相好を崩したので、事なきを得たかな? 僕が安堵の表情をしているのを、沢城さんが見ていた。思わず、笑みを返した。
今日のレシピも、皆さんなかなかの腕前で仕上げることができ、ホタルイカのサラダとパスタが出来上がった。もう一品、僕が準備していたホタルイカと菜の花の揚げ物とともにいつもの大テーブルで食べる。うん、美味しい。みんなも満足そうだ。
「ホタルイカと言やあ、酢味噌和えみたいのばかりだったから、こういう垢ぬけたのもいいですなあ」
小島さんが慣れない手つきでパスタを食べている。でも、気に入ってもらえて良かった。アラサートリオと比較的若者の松田さんは、スプーンとフォークを操り、次々と平らげている。
今日も無事に終わった。僕は鹿島さんをちらちらと見るんだけど、僕の方を見てくれない。さすがにもう来てくれないよな。やっぱり連絡すれば良かった。彼も待ってたかもしれないのに。
レッスン終わり、みんながエントランスに向かう。
「今日は無理言ってすみませんでした。今後は時間通り来ますね」
なんて沢城さんが言うもんだから、みんなの耳がダンボになってた。僕は曖昧に頷くにとどめる。
そこに、鹿島さんが近寄ってきた。少し長めの黒髪、不揃いなカットはウルフカットなのかな。アーティストみたいで似合ってる。
――――やっぱりカッコいい! 顔が熱くなってきたよ。
また熱が出そうな僕のそばまでやってきた鹿島さん。僕の手に何か握らした。
「お疲れ様でした」
いつもの抑揚のないしゃべり方で僕の前で会釈した。僕は手の中の何かが気になって、満足に受け答えもできず、彼の後ろ姿を見送った。
全員が玄関から去ったのを見届けると、僕は急いで鹿島さんが握らせたものを確認した。そこにはメモ用紙のようなものが丸められていて、皺を伸ばすようにして中身を見ると、数字の羅列が。
うん、これは間違いなく電話番号だ。それ、僕知ってるんだけど、要するに電話しろってことだよね。あ、書いてあった。
『連絡待ってる』
うわ、この一言が鹿島さんらしくていいっ! もう美原さんのことなんかさっさと忘れて電話しよう! 眼鏡男子が尋ねてきても無視すればいいんだ。あ、でも、ごめんなさい、美原さん。やっぱり僕は、鹿島さんが好き……みたいだ。
11
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる