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File No. 71 恋心と噂話
しおりを挟む「な、なに言ってんだよ。違うよ」
講義前の教室。1時間目というのに、真面目にやってきた学生たちが椅子を鳴らして席についている。
僕もパソコンを机の上に置いてから、後方窓際に位置する眺めのよい席に座った。
「そうかあ? まあええわ、冗談や」
鏑木はそう言いながらもニヤニヤが止まらない。しかし、ここで追随されてはいかん。竜崎にも迷惑がかかってしまうよ。
「じょ、冗談かよ。変なこと言うなよ」
なんだかこいつと話していると関西弁が移りそうになる。僕は関西とは縁がないのでエセ関西弁だけど。
「ふふん。まあええがな……あれ、今日は吉川さんか。こりゃ、朝からええ日やん」
なにが『ええがな』なのか。しかし、あれ、僕も今日は入間教授かと思っていた。だが、扉を開けて入ってきたのは、ストライプのシャツに膝上のタイトスカートをはいた吉川准教授だった。
いつもながらストレートのロングヘアを肩のあたりでフイっと掻き上げ自信満々な感じで教壇に立った。
メリハリのある顔立ちだから美人なのだろうけど、ちょっと化粧が濃いめで、実際の顔がどんなのか想像しにくい。それを言うと、誰もそこは見てないと鏑木が応じた。
「普通の男は胸しかみとらんわ」
そんなものなのだろうか。僕が無言でいると、鏑木はまた、フフッと鼻で笑った。
「おはようございます。今日は入間教授はご家族の都合でお休みです。私が代講しますのでよろしく」
小ぶりと言っても高校の教室よりかなり広い。ここでもマイクが使われる。准教授の透きとおった声がスピーカーから教室中に響いた。
「おっと、なにやらご機嫌斜めやな。家族の都合が気に入らんのやで、きっと」
確かにイラついているようにも見える。鏑木は噂にも精通しているようだが、人物観察にも優れているのだろうか。
――――だとしたら、僕の恋心にも感づいているとか? やっぱり巨乳に興味あるようなフリをしたほうがいいんだろうか。
そんなこと、無理だけど。
「なんや。この間とおんなじやな。なあ、藍、このまえ入間教授と彼女の不倫の話したろ」
吉川准教授の講義が始まったと言うのに、鏑木は噂話を始めた。だが、その気持ちはよく分かる。
吉川先生は急な代講だったからか準備が出来ていないようだ。先生の専門は防災なんだけど、この話、先週聞いた。
「ああ、うん。なにか他にもあるの?」
もう首を突っ込まないと、あれほど誓ったのに、どうして僕はまたその話に乗るんだろう。でもせっかくなにか話してくれそうなのに、聞かずにはおれない。
「俺の従姉にここの卒業生がおるんやけど」
「うんうん」
僕らはノートパソコンの影に隠れるようにして内緒話を続ける。吉川先生はどんどん授業を進めてるが、彼女にしては明らかに投げやりな感じだ。他の学生たちも、他事を始めていた。なかには二度寝を決め込んだやつもいる。
「その従姉は吉川先生の1個下なんや」
「え、そうなんだ。で?」
鏑木からの話は、予想よりはるかに興味深いものだった。こんな話、もしかして警察だって知らないんじゃないかと思うようなこと。
今起きてる事件とは無関係だとしても、竜崎に今すぐ教えたくなるような話だった。
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