時をかける恋~抱かれたい僕と気付いて欲しい先輩の話~

紫紺

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第27話 タトゥー

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『また夜にでも』

 学食で冬真は言った。からってわけじゃないけど、僕は部屋に帰ってからめっちゃソワソワしていた。
 今夜は予定がないんだろうか。いつも遅くまで大学での実験や道場での仕事だったりで帰宅は深夜になることもある。

 別に見張ってるわけじゃないけど、音をさせない武士な冬真でも玄関の鍵を開ける音だけは聞こえる(こっちが静かにしてればだけど)。
 で、僕は九時を回るころから、テレビも消して静かに本なんか読んでる。全然頭に入ってこなくて、ずっと同じページをうろうろしてるけど。

 因みに冬真の部屋にはテレビはない。パソコンはあるけど、みんな大好きウイチューブもほとんど見ないらしい。かといって、世事に疎いわけではない。むしろ政治とか国際問題は僕より詳しい。大人なんだよな。


 そろそろ10時を回るころ、待望のカギを回す、乾いた金属音が聞こえた。

 ――――帰って来たっ!

 まるで父親を待つ4歳児みたいだな、僕は。けどどうしよう。訪ねていっていいものか。いつもより早いとはいえ、もう10時だ。
 しかし、こんなに近くに住んでるのに、たまにすれ違う程度にしか会えないとはどういうことだ。最後に冬真が僕の部屋に来たのは1週間も前だし、しかも10分もいなかった。

 ――――僕たち、付き合ってるんだよな。

 僕は意を決して玄関に向かいサンダルをつっかける。そしてドアを威勢よく開けると。

「わっ!」
「あっ!」

 なんと目の前に大きな黒い影が。

「冬真……ああ、僕、今そっちに行こうかと」

 今日学食で会った時と同じ藍色のシャツを着た冬真が立っていた。

「ん。私の部屋でもいいけど」
「あ、ううん。せっかく来てくれたから、どうぞ入って」

 せっかくも何も隣だけど。冬真が後ろ手でドアを閉める。アパートの玄関なんて半間もない狭い場所だ。慌ててサンダルを脱ごうとしたら……。

「待って、ケイ」

 ふいに、僕の肩に艶々の黒髪が……。

 ――――え……。

 僕は背後から冬真に抱きしめられる。耳朶に冬真の息がかかった。
 胸がいっぱいになる。体が一瞬にして燃え上がるみたいに熱くなったのは、なにもくっついてるからじゃないだろう。
 僕たちはしばらくそうして……それから何かに導かれるよう、唇を重ねた。
 
『ゆっくり進めればいい』

 その言葉を律儀に守るつもりなのか。口づけのあと、冬真は僕から体を離すと、さっさと部屋に入っていってしまった。
 僕の体に点いちゃった火をなんだと思ってるんだろう。まだまだ燃えたいって叫んでるのに。


 それでも、そんな大胆なことを僕はまだ言えなかった。僕は準備してた珈琲とお菓子を二人掛けのダイニングテーブルに置く。

「お、いいな。この菓子好きなんだ」

 知ってるよ。

「食べて。僕もこれ好きなんだよ」

 適当なこと言いながら、冬真の前に座る。こうして真正面に座ると、なんだか遠い。やっぱり冬真の部屋にすれば良かったかな。あそこならソファーに隣り合わせに座れる。

「あ、あれ。冬真、その手首の……」

 あほな妄想をしていたとき、お菓子に手を伸ばす冬真の手首に目がいった。初めて会ったときに気付いたタトゥー。そう言えば聞かずじまいだった。

「あ、これ?」

 さっとシャツの袖をまくる。そこから現れたのはタトゥーでもなんでもない、少し変わった形をした痣だった。



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