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第6章 アンダーパス
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しおりを挟む「ノート、読んだ?」
助手席から航留は後部座席に座る成行に話しかけた。外側だけでなくシートも綺麗な車内に、成行はかえって居心地が悪そうだ。少し前のめりに座っている。
「はい……皆さんには本当によくしていただいたみたいで」
「ああ、そんなことはいいんだ。君はカフェできちんと仕事してくれたから、住み込みの店員として申し分なかったよ」
航留にとって、それ以上の存在だったが。
「そうそう。給料以上に役に立ってたんじゃない? 『野波君』は人気もあったし」
「そんな……まさか」
「本当だよ。昨日、うっかりして給料を渡すの忘れてて。後で渡すね」
当然成行は口座を持っていなかった。現金で渡していたのだが、それをそっくりそのまま置いてこの町に戻って来た。
「給料、ですか。何も覚えがないのに、もらっていいのか」
「いいに決まってる。君が、『野波零』として働いた報酬だ」
その存在があったこと。なかったことにしたくない。航留にとって、零と過ごした日々は幻ではないのだから。
「それで、ノート読んで何か思い当たることとかなかった? 今日はそっちの方が大事だから」
航留の気持ちを察知した越崎が話題を変えた。というより、今はこっちが本題だ。
「ああ、そうだ。一つ気になることが」
「なに?」
前座席の二人が同時に反応した。越崎はバックミラー越しに、航留は再び後ろを振り向いた。成行は食いつきの良さに少しだけ体を引いたが、もうすぐ目的地についてしまう。たじろぐことなく続けた。
「腕時計です」
成行はノートで読んだ、越崎の腕時計を見てめまいを起こしたことを話した。フラッシュバックを起こしたような記述だったと。
「ああ、あの時か。佐納君、私の時計見てめまい起こしたの? そんなこと言ってなかったけど」
「すみません。ノートにはどう言っていいのかわからない。ってありました」
「そうか。おい越崎、今日の腕時計は?」
航留はレバーの上に置かれた越崎の袖をさっと上げる。
「今日のはスポーツ用のだな」
「どう? なにか浮かぶ?」
後部座席から身を乗り出して、時計を眺め見た。けれど、これといって何も感じない。成行は首を小さく傾げた。
「あ、もう着いちゃったみたいだ。とにかく車停めるよ」
アンダーパスまではまだ200メートルくらいはあるだろうか。先行する刑事たちの車が突然空き地に車を乗り入れていく。それに続いて越崎が駐車した。
「じゃあ、行きましょうか」
男ばかり6人。そのうち3人はスーツに身を固めている。お世辞にも上等なものではなかったが、3人ともダークな色合いなので少し物々しい。
航留はラフな格好をしてきてよかったと思う。こちらもスーツなんか着てたら、見分と言えど、まるで容疑者に対する現場検証のようになってしまう。
「大丈夫か?」
緊張してるのか、表情が硬くなっている。つい航留は成行の肩に手をかけた。
「えっ」
ぴくりと肩を揺らしたのに、航留は急いで手を引っ込めた。
「ごめん。つい」
目の前にいるのは自分の恋人だった零ではなく、成行だ。ずっと意識していないとつい感情に流されてしまう。航留はそれを抑えてきたのだが、心細そうな彼の肩を抱いてやりたい。その直球の想いに行動を止められなかった。
「いえ、大丈夫です」
無理やりというわけではない。照れたような笑顔を見せた。
「ちょっと緊張してしまって」
「そうだよな。緊張して当たり前だよ。でも、越崎もいるし、何が起きても平気だよ」
「航留さんも……いますしね」
「え」
思わぬ反応に、今度は航留が固まった。それが成行の社交辞令であったとしても嬉しかった。
「ああ、任せとけ」
わざとらしくない返しをした。ただリラックスしてほしかった。
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