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第8章 噂
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しおりを挟むジュリーの勧めを聞いてから、僕もそれなりに調べてみた。
駅ができれば立派な商店街となるはずの場所には、男性衣料店や近頃では珍しくない婦人服を売る店も軒を連ねていた。美容室や帽子屋、雑貨など目移りするほどだ。
僕はある日の夜、ジョシュアにそれとなく話を振ってみた。だが、彼は気乗りのしない表情を見せた。
「それ、誰の受け売り? ジュリーでしょ」
と、言い当てられる始末だ。
「うーん、わかった?」
ジョシュアは目を細めて僕を見、大袈裟なため息を吐いた。
「だって、彼女、俺にも言ってたもん。駅前に俺にぴったりな綺麗な店がいっぱいできたって。俺がそこで働けば、繁盛するだろうってさ」
なるほど、彼女は既に行動に移していたということか。
「で、どう応えたんだい?」
「服なんてイーサンのお下がりが1番だと思ってる。そんな俺が立ってたって、お客は来ないよって」
それは手厳しいな。でもジュリーのことだ。そんなことでは怯まないだろう。
「あの人。性懲りもなくまた俺を追い出しにかかってるんだな。俺は……住み込みの仕事なんて絶対に嫌だ」
食堂の椅子を乱暴に押し入れると、ジョシュアは居間に向かい、今はもう火のない暖炉の前に寝ころんだ。頭の位置に読書用のランプを置き、クッションを引くと本を開いた。
「本屋もあったぞ」
「もういいよ。まさか、イーサンまで俺が邪魔なのか?」
「違うよ……僕だって、君が住み込みの仕事をするなんて、耐えられないよ」
開いた本の文字を追うこともなく、ジョシュアは僕の方を上目遣いで見る。
「マリアがまた来ていたじゃないか」
「マリア? ああ、薬を取りに来ただけだよ。何を言ってるんだ。ヤキモチならやめてくれ。間に合ってるよ」
少し、きつい言い方をしたかもしれない。でも、分かって欲しい。僕こそジョシュアと離れたくなんかないんだ。それでも、そういったポーズが必要だろうかと思う。それに、ジョシュアだって仕事を持つべきだ。僕の家政婦のようなことではなくて……。
「酷いな……イーサン」
「ジョシュア、だけど君だって気がついているだろう? 街のみんなが何を言ってるか。そりゃ、みんながみんなってわけじゃないけれど」
「そんなこと。俺は気にしない。今までより全然マシだよ。それは……イーサンは、嫌かもしれないけれど」
そう言うと、ジョシュアは黙り込んでしまった。何かを思い詰めるような顔をして、本に向かう。でも瞳が全く動かないところを見ると、多分文字を読んではいないだろう。
「嫌じゃないよ。何も知らずに面白がってる、ただの噂だ。気にしてはいない。でも、ジュリーの言うことも間違ってないと思うから。まあ、マリアも少し、心配していたな」
マリアはジョシュアを使用人として雇ってもいいと言っていた。料理が上手なのを知っていたので、料理見習いでもいいし、また彼女の小さな弟たちの遊び相手も欲しいのだと。
だが、それについてはまだジョシュアには言っていなかった。それとも彼は、既に知っていたのか? 診察室でなされたその話を、どこかで聞いていたのだろうか。
「ジュリーもマリアもいなくなればいいのに」
呪詛のようなジョシュアの声が聞こえた。小声ではあったが、よく通る彼の声は僕の耳に届いてしまった。
「何を言ってる。怖いこと、冗談でも言わないでくれ」
僕の怯えた言い方に、ジョシュアは肩を聳やかす。そして僕に背を向けて、本格的に読書を始めてしまった。
僕はまた唐突に思い出す。サマンサが怪我をした時のことを。
――――イーサンといるためなら何でもする。
そう言ったジョシュアの真剣な表情とともに。僕の心を静かに浸透していく彼への疑念。拭い去ろうにもそれは簡単にはいかず、二つの目を持ってじっと僕を見ていた。
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