【完結】寒風の吹く夜僕は美少年を拾った~砂糖菓子のように甘く切ない恋の物語~

紫紺

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第8章 噂

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 初夏の風が麦畑を撫ぜるころ、僕のところに一人の訪問者があった。それはいつも通りのことでもあったのに、語ることは予想もしないことだった。

「お話があります」

 固い表情で僕の前に現れたのは、幼馴染であり、ウィンブルドンの大地主、ホワイト家の次女マリアだった。

「どうしたんだ、いったい。そんなに改まった顔をして」

 いつもの診察時間ではなく、彼女は夕方の診察前に現れた。僕は当然のことながら、自室の方で彼女を迎え、食堂の質素なテーブルの椅子に座らせた。

「どうも、こんな場所で済まないね。診察室というのも変な話だから」
「いえ、いいんです」

 ちょうどジョシュアは外出中だった。彼は最近、決まった時間に姿をくらます。どこに行くのかと聞いても、『そのうち話すから』、と言って教えない。
 でも、楽しそうなのと、どうやらジュリー案件のようだったので聞かずに済ませていた。そのうち教えてくれるのだろうと呑気に構えていたのだ。

「それで、話って?」

 僕は彼女に紅茶とクッキーを出して、目の前に座った。

「これ、ジョシュアが作ったのでしょう?」
「ああ、そうだよ」

 もう当たり前のようになってしまったが、彼の料理の才は益々冴えわたっている。教会で行われるバザーでも、彼の作ったクッキーやらシフォンケーキがバカ売れする。

「ねえ、イーサン。お願いがあるの」
「ああ、僕でできることなら」
「あなたしかできないわ」
「なに? なんか怖いな」

 彼女のこんなに真剣な表情はついぞ見たことがない。僕はかなり心臓をはためかしながら、彼女の言葉を待った。

「私と……結婚して欲しいの!」

 ――――えぇぇ!

 僕はあまりに驚いて、眼鏡がずり落ちそうになった。自分の体も椅子から滑りそうになり、両手でバタバタと分かりやすく狼狽えた。

「マリア、冗談は困るよ」

 やっと出てきた言葉は、粋でもジョークでもなく、愚にもつかないものだった。もう少し気の利いた返しでもできたらいいのに、と僕はそんなどうでもいいことを考えた。

「冗談でこんなことを言うと思って?」

 マリアは僕を苛むような眼を向けて言う。言うまでもなく頬は真っ赤になって火を噴きそうだ。
 今日はクリームイエローのドレスを着ている。レースが可愛らしくあしらわれたそれは、少し暑いのか、額に汗が滲んでいた。

「ありがとう、マリア。どうして僕なんかと結婚したいと言ってくれるのか。わからないけれど君の気持ちは嬉しいよ。でも……無理だよ、それは。僕が君と結婚できるわけがない」
「何故?」

 ようやく振り絞ったような声で、マリアはそう問うた。今にも泣き出しそうな彼女に僕はどう言ったらいいのか迷った。

「君とは家柄が違い過ぎるよ。もし……結婚したら、君はこのぼろ家に住むことになるんだよ。全部足したって、君の部屋より狭いかもしれない。電灯だって、君の家には全室ついてるけど、僕の家は診察室とここだけだ。君のための部屋もないし」
「家は大きくすればいいわ。父がお金を出してくれるし、もっと立派な病院が出来るわよ。そ、それに……」

 ホワイト氏が彼女のために僕に援助してくれる。それはある程度理解するところだけれど、それはそれで僕は嫌だった。

「それに、ジョシュアだって一緒に暮らしていいのよ」
「いや、そうじゃなくて、僕は……」

「ジョシュアのことが好きだから?」
「え?」
「だから私と結婚できないの? そうなの? イーサン!」



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