毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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序章

山小屋にて 2


 2015年

 華山禮は、コアなファンを持つバンドのギタリストだった。メジャーデビューはまだだったが、彼らが出演するライブハウスはいつも超満員。
 ギタリストとしての彼は、テクニックはもちろんルックス、スタイルにおいても多くの女性ファンを魅了していた。

 時は今から3年前の2015年(平成27年)、春。関東以北の地では、未曽有の地震災害の爪痕が未だ解消されず、それを打破すべき首相の名を冠した経済政策も、大きな成果を出せずにいた。

 華山達が目指していたロックは、世間から歓迎される時代ではなかった。彼らが多くのファンを持ってしてもメジャーの道は遠く、バイトしながらの生活は、仕方のないことだろう。

「別に俺は構わないんだけどね。正直、売れたいと思っていなかったから」

 事件が起きてすぐ、まだ容疑者ではなく、参考人にすぎない華山が放った言葉だ。

「音楽業界はこれから大きく変わる。今にCDなんて誰も買わなくなるよ」

 穗隆は、初めて華山に会ったときから、何かしらの違和感を感じていた。妙に達観した言い方。音楽に、ロックに携わっているわりには、飄々とした乾いた印象だった。

「君はでも、25歳か。定職に就く気もないんだろう? 音楽で身を立てたいんじゃないのか?」

 嫌味と受け取ったのか、華山は人を食ったような目つきで穗隆を眺めた。ミディアムウルフというには、寝ぐせのついた髪をさっとかき分ける。

「刑事さんも、俺とあんまし年齢変わらないみたいだね。何、よく知らないけど、ドラマで良く言うキャリアっての? 将来決まってるって楽なのかな」

 穗隆は憮然とした。確かにこの時、穗隆は24歳。愛知県の中核都市にある署に配属されて間もない新米刑事だ。
 そして、華山が言うようにキャリアだった。ここに1、2年もいたら、多分次はどこかの県警だろう。そしてその次は、順調であれば、警視庁か警察庁に行くはずだ。

「それは、君には関係ない」
「そう? そうだね。俺はね、決まっている道を歩くのは嫌なんだ。外れ道を行きたくてね。まあ、それをメンバーは良く思ってなくてさ。意外に真面目なの。上昇志向もあるしね」

 殺されたのは華山のバンド、『捲土重来』のコアなファン、まだ十九歳の青年だった。彼は、捲土重来のライブが行われた、ライブハウスの楽屋で殺されていた。発見されたのは翌日の朝。ライブハウスのオーナーが第一発見者だった。
 彼によると、ステージ終了からそれまでの時間、ここを良く知るものなら、中に入ることは誰でも可能だった。裏口の鍵が、もうずいぶん前から壊れていたからだ。

「彼、倉敷君は、よく君たちの楽屋に来ていたんだよね」

 華山の将来や人生観について、今語る必要もない。穗隆は話を進める。倉敷塁(くらしきるい)。それが被害者の名前だ。住所不定、無職の十九歳。どこから現れたのか、1年ほど前からライブハウスに入り浸っていたという。

「そうだね。塁はよく来てたよ。でも、そういうの奴だけじゃない。俺らに憧れる連中は多かったからね」

 華山はこともなげに言った。それについては、他のメンバーも同様のことを語っている。捲土重来は、メンバーがイケメンぞろいのこともあり、圧倒的に女性ファンが多い。
 だが、リーダーの意向で女性ファンを楽屋に上げることはなく、少数派の男性ファンのみが幸運にあやかることができた。

「それに、塁は他のアーティストさんとも仲が良かったよ。どういう意味か、警察ではもうわかってるんだよね」

 淫靡な印象のある少し厚めの唇を歪ませ、華山は続けた。その唇を桃色の舌で軽く舐める。そんな仕草を、穗隆は目の端で見逃さなかった。

「そうだな。彼は何人かの男性アーティスト、まあ、それに限らずだが、関係を持っていたようだ」

 倉敷塁は所謂ゲイだった。見た目も線が細く、肩までのストレートヘアは茶色に染められ、手入れも行き届いていた。
 死に顔はともかく生前の写真からは、小悪魔っぽい表情に、19歳とは思えない妖艶さがにじみ出ている。長い睫毛が印象的な、色白の美少年と言って差し支えなかった。

 死体の着衣に乱れもなく、彼の体にも、犯人に繋がる物証は出てこなかった。が、発見者のオーナーの証言から、動機は怨恨の線が有力視された。

『塁を取り合って喧嘩するアーティストもいて。出入り禁止にしようかと考えていたんです。その矢先……。警察沙汰を心配してたのですが、まさか、殺人事件になるとは思いませんでした』

 ゲイに纏わる恐ろしい感染症も、この頃では薬も開発され、ひと頃の禁忌めいた風潮は鳴りを潜めている。恋愛や感性の自由が叫ばれて久しいが、それにしても複数の男性と関係を持つなど、穗隆には、俄かに信じることができなかった。

「塁は特別なんだよ。関係を持ったアーティストも、ほとんどがノンケの奴だった。なのに、あいつはそんなことお構いなしさ。誰をも虜にしていた」
「君は? どうだったんだい。誤解を招かないように言うけれど、これは彼の周りの全員に聞いているんだ。アリバイと同じだよ。もちろん、かなりセンシティブな話になるから、今のところは強要しない」

 穗隆は、努めてざっくばらんに話を進めた。ここまで何人かの参考人と話をしたが、さすがにこの質問に正直に答えた者はいなかった。
 容疑者になる可能性が高い所為だったが、ゲイを公言している者以外にとって、とても口にできないゴシップでもあった。

「それ、正直に話すやついた?」

 逆に質問が返ってきた。塁が誰かと寝ていた。そういう話はまことしやかに囁かれていたが、実際、誰と誰がというのは判明していない。喧嘩に発展した彼らですら、肉体関係はないと言い張っているのだ。

「今のところ、誰も被害者と寝たと言う者はいない。じゃあ、質問を変えよう。君は倉敷君と関係を持っていた人を知っている? 知っていたら教えてもらえないかな。言うまでもないけど、その人イコール犯人ってわけじゃない」

 これもマニュアル通りなのだ。だが、この質問もいつも空振りに終わっていた。いずれはメジャーを目指す彼らの口は堅く、仕返しが怖いのか、仲間を売る者もいなかった。

「苦労してそうだね。俺は何も知らないし。塁とは寝てない。ついでにアリバイも話す? 事件はいつ起きたんだ?」
「ちょっと待て。さっき君は、『関係を持ったアーティストも、ほとんどがノンケの奴だった。誰をも虜にしていた』そう言ったじゃないか。何も知らないことはないはずだ」

 穗隆はすかさずそう突っ込んだ。華山は苦笑いをして、目の前の刑事を一瞥する。

「確かに言ったな。じゃあ、知ってるけど教えることはできない。彼らが自分で言うならいいけど、たった一人の殺人者のために、他の奴らの将来を、危うくはできないからね」

 そこから、華山は薄ら笑いを浮かべるだけで、何も言わなくなった。自身のアリバイ以外は。

「でも、これアリバイにならないかな。一人で家にいたわけだからさ」
「そうだな。あいにくだったな」

 事件当夜、一人住まいのアパートで寝ていたという華山に、穂隆は嫌味な口調で告げるのが精一杯だった。



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