毒を食らわば皿までと

紫紺

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序章

山小屋にて 4

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 再び2018年 3月。

 チリチリと、炭が爆ぜる音がする。空になった鍋はもう降ろされ、穗隆と華山の間には、半畳ほどに切り取られた囲炉裏が横たわるだけだった。

「結局、おまえと倉敷塁の関係だけが残った」
「俺は奴と寝てないと言っただろう?」
「そんなことは関係ない!」

 思わぬ大声が出てしまった。穗隆は言ってから、はたと口を噤む。だが、もう遅い。

「何をそんなにイラついているんだ。まさか、ヤキモチでもないだろうに」
「ヤキモチだと……何を下らないことを言っている。その、人を小馬鹿にしたような言動、いい加減にしないか。何を勘違いしているのか知らないが」

 驚いたように、黒々とした瞳を見開く華山に、穗隆は声を低く抑えて答えた。

「勘違いか。まあ、あんたがそう言うならそうしておこう」
「おまえは何故認めない。倉敷の気持ちのことを」

 多くのバンドマンやスタッフと寝ておいて、それでは倉敷塁は、いったい誰のことを好きだったのか。それとも、そんなことは全く意に解さず、ただ快楽を求めていただけなのか。
 穗隆の先輩が、真嶋に直言したのはまさにそこだった。倉敷塁が心を寄せた男はいなかったのか。

 囲炉裏の炭を華山が火箸で突く。ギターを弾くためか、彼の爪は綺麗に切りそろえられ、透明なマニュキアが施されている。華山が一連の動作を終え背筋を伸ばしたとき、穗隆は追うようにして彼の顔を見た。

「被害者の倉敷塁は、おまえのことが好きだった」

 穗隆は、目の前にいる華山に向かって言葉にした。今度は、声を張ってドスを利かすように言ってみた。たとえそんな小細工が、華山に通用しなかったとしても。

「またその話か。散々聞かされたよ。任意同行って言うから出向いてやったら、毎日そればかりだ。まさか警察が、人の恋路の橋渡しをしてくれるとは、思いも寄らなかったな」
「おまえは、それに気が付かなかったというのか?」
「もし気付いても、あんたらに言う義理はない」

「おまえこそ3年前から進展がないな。おまえは倉敷塁に迫られていた。何度も何度も彼特有の妖艶さで、おまえに愛を告白したはずだ。バンドメンバーの話だと、彼は遠征にもついてきたと言うじゃないか」
「それで? めんどくさくなって殺したとでも? あんたらの思考回路は、どうなってるんだろうな。それとも、とにかく誰でもいいから犯人にしたいのか?」

 呆れたように華山が吐き捨てる。これもあの頃と全く変わらない会話だ。当時の取り調べでも、華山はそう言い続けた。
 アリバイはないが、彼がライブハウスを訪れた証拠も出てこない。誰もがその先には踏み込めず、いたずらに日々が過ぎた。

 事件の風評被害を受けたのか、件のライブハウスは閉鎖されてしまった。それを追うように、常連だったバンドの数組が活動休止や解散に陥り、捲土重来もそれに名を連ねた。

「では、何故おまえは逃げた。バンドが解散した直後、おまえはこんな山奥に身を隠した。それは、おまえが倉敷塁を殺したからだ」

 穗隆はそう断じた。だが、華山は全く動じず、また火箸でもって炭をつつき、火の勢いを乗じさせた。

「あんた、大事なところをさりげに消し飛ばすんだな」
「何?」

 火箸を置いた華山は、ゆっくりと立ち上がり背伸びをした。彫りの深い顔の下にがっしりとした体躯。高身長のため、穗隆は見上げることとなり、威圧感を感じて思わず後ずさった。

「やはり……俺が怖いんだな」

 華山は着ていたセーターを脱ぐ。厚い胸板がTシャツから透けて見えた。

「何のつもりだ……」

 穗隆は腰を上げる。この場を制圧するべく身構えた。だが、それは間に合わなかった。いや、彼に強い意志がなかったのだ。華山の行為に抗おうとする意志が。

「いい子だ。あの時のことを思い出させてやるよ。あんたは、それを求めてここに来たんだろう?」

 華山の逞しい体が、穗隆の上にと覆いかぶさった。いつの間にか畳の上に倒されている。形の良い顎に華山の大きな右手がかかり、少し厚めの唇が穗隆のそれを塞いだ。

 穗隆の頭の中は白一色に塗りつぶされ、やがて全身が痺れていく。熱い舌が唇を割って入ってくるのがわかる。穗隆は抗うことをやめた。華山の言う通り、それを求めてここにやってきたからだ。

 彼の両腕は、躊躇いながらも華山の背中に回され、その全てを自らの体へと迎え入れた。



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