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第2章 容疑者
容疑者 3
夏は店じまいの頃だというのに残暑は厳しく、朝着たばかりのシャツが、昼には汗で肌にくっついた。
「あっついなあ。皇子様、コンビニでアイス買ってきてくれないか」
「いいですよ。その代わり、もうそのあだ名、やめてもらっていいですか?」
「ええ!? なんだよ、もう。ちぇっ。アイスいいや」
「そっちですか? 全く。ちょっと待っててください」
小林との張り込みも、車の中だと熱中症で死んでしまう。華山のアパートが見える公園の木陰にいるが、それでも汗だくになる。
穗隆は急いでコンビニに走った。もうドリンクも残り少ない。ついでに買ってくるつもりだ。
華山の張り込みは24時間行われているが、昼間の暑い時間は、当然最も若い二人が請け負うことになっている。それもあと1、2年のことだ。穗隆は再来年には昇格し、先輩よりも上になる。もっともその時は、この署にはいないだろうけれど。
「アイス買ってきましたよ」
「サンキュー。皇子……今日だけは、皇樹にしといてやるよ」
「もう、どっちでもいいすよ」
「え? そう? いや、あはは。おー、冷てー!」
子供のようにはしゃぐ小林を見て、穗隆は何となく可愛いと思えてしまう。口は悪いが、意外に人の好い先輩だ。
「しかし、彼を張ってなんかあるんですかね」
華山の張り込みをしてまだ三日めだが、全く動きがない。昼はバイトに出て、それから夜は自主練かメンバーと練習。他には本屋と楽器店に行くぐらいだ。
今日はバイトはなく、午後からリハと夜はライブがある。事件のあったライブハウスは現在休業中なので、別のところで行うようだ。
「そうだなぁ。逃亡を防ぐくらいかな。後は何かやらかしたら、別件で逮捕とか?」
「マジっすか? 相当凹みますね、それ」
「真嶋さん達が何か証拠を見つけて来た時、逃げられました、じゃマズイだろ? だからちゃんと見張るんだよ」
穗隆が買ってきたアイスを食べ終わり、今度はスポドリをがぶ飲みする。飲んだはしから汗になって流れていった。
「まあ、そうですね。僕も証拠集めに行きたいですよ」
「俺らは夜になって、涼しくなったらやるのさ。家にも帰らず」
夜は別の捜査員たちが華山に貼りつく。どのみち帰宅できる刑事は限られている。昨夜、穗隆が帰れたのも奇跡的なのだ。それについては全く構わなかった。朱里も理解しているはずだ。穗隆が張り込みを嫌がる理由は他にある。
――――こうして奴を見張っていると、否が応でも昔のことを思いだす。あの、彼を覗き見していた愚かな自分を。
皇樹の屋敷、夏、鋏を器用に動かす職人の男。もちろん彼が華山なはずはない。あれはもう10年以上も前の話。その頃は、華山も穗隆と同じ小学生だ。
穗隆は自分を愚かと称したが、今もまた、その時と同じような目で華山を見ている。それに薄々気付きながら、容疑者として見ているのだと言い訳していた。
「お、真嶋さんから電話だ」
小林が携帯電話を取り出し、何やら応答している。ちょうどその時、華山がアパートの部屋から出てきた。
二階建てのコーポ型賃貸アパートだ。駅から大分あるので、賃料はそれほど高くないだろうが、売れないミュージシャンにしては小綺麗なアパートだった。その階段から彼はギターを抱えて出てきた。白のTシャツにダメージデニム、いつものスタイルだ。
「おい、皇子様、喜べ」
「何がですか?」
「任意で引っ張れる。真嶋さんから連絡きた。事情聴取を署でやるってよ」
ドキリとした。ついに彼と接触できる。華山に当たりを付けてから三日。任意で引っ張れるだけの何かを得たということだ。
「行きますか」
景気づけにドリンクを口に含むと、穗隆はアパートに向かった。
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