毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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第2章 容疑者

容疑者 4



 取調室に素直についてきた華山は、エアコンの風を避けるよう、黒いライブタオルを肩にかけた。

「一応ミュージシャンなんで。肩とか冷やしたくないんでね」

 と誰が尋ねたわけでもないのに口にする。彼の目の前には真嶋班長とベテラン刑事の風間が座り、穗隆は隅っこのほうで壁に凭れて立っていた。その穗隆を華山は一瞥しただけで、視線を目の前の二人に移す。

「リハが一時間後には始まるから、それまでに終わってくださいよ」
「善処します」

 風間はマニュアル通りの受け答えをした。

「華山さん、おわかりと思うが、殺された倉敷塁君のことでまた来てもらった。忙しいのに申し訳ないね。まず、前に話してくれたこと以外で、何か言い忘れたこととかないかな」

 任意の取り調べであることを念頭に、真嶋は丁寧に尋ねた。彼らが持っている切り札はまだまだ見せる時ではない。まずはゆっくりと、周りを攻めていく戦法なんだろう。
 穗隆は今までのことを思い巡らしながら三人を見ている。いや、正確に言うと二人の頭を越え、視線は華山に集中していた。

「別にないですね。あそこにいる刑事さんに話した通りです」

 ちらりと視線を穗隆に移す。年配に対してからなのか、敬語らしきものを使って話している。穗隆の時は完全にため口だった。嘗められたもんだな、と心の中で舌打ちした。

「では……倉敷塁君が、君に好意を持っていたことについては、知らなかったのかな」
「は? なんすか、それ」

 とぼけているのか素なのか。華山は鼻で笑った。

「気付いていなかったとは思わないが?」
「少なくとも告られてませんよ。あいつは、誰にも思わせぶりな態度取ってたし、いちいち反応するのも面倒だったから無視してました。第一、俺は女が好きです」

 ゲイではない。と言うより、女が好きだと華山は言葉を選んだ。穗隆はそこになぜか引っかかった。確かに華山には多くの女性ファンがいて、特定の彼女はいなかったが、ファンの何人かと寝ていた。
 つまり遊びと割り切り、ベッドを共にする相手がいるということだ。女たちの方も彼氏持ちや人妻もいて、そういう縛られない相手が彼には都合がよかったのだろう。

「では、つき纏われて迷惑したとかは……ないですかね?」
「別に。俺は塁のことをそんな風に思ったことないし、俺の生活を脅かすようなこともなかったから」

 華山は両手を少し上げて肩を聳やかす。

「家に押しかけたりはしなかった?」
「ああ、何度か来ましたよ。でも、部屋には上げなかった。基本的に、俺んちにはメンバーと友達以外は上げないんで」

 基本的に。華山は強調するでもなく、するりと答えた。

「じゃあ、塁君は友達ではないと」
「俺らのファンですよ。あ、俺、女の子もファンは上げないから。ヤル時は俺んちではやらないことにしてるんで。嫌なんだよね。自分の家でそういうことするの」

 華山の話に中年の男二人は鼻白む。あっちこっちの女性と関係を持ってるところは、何人もの男と関係した被害者と何ら変わらない。
『そのうちおまえも殺されるぞ』と、真嶋が思っても仕方のないことだろう。風間に至っては、心の中で随分な悪態をついていたのだから。

「で、もういいですか? 俺、そろそろ行かないと」
「もう一つだけ、いいかな?」

 腰を上げようとした華山に、真嶋がそうはさせじと被せる。華山は座り直すと、仕方なさそうに『どうぞ』と手のひらを見せた。

「君の家の周りで、塁君の姿が頻繁に目撃されているんだ。同じアパートに住んでる人にも目撃者がいる。それでも君は、彼を家に上げてないと言うのかな」

 これが任意同行の切り札なのだろう。切り札と言うには弱いが、被害者が華山に関心を持っていた大きな証拠だし、何度も訪れていたのなら、彼の家に入った可能性も高い。

「へえ。それは知らなかったな」
「本当ですか?」
「さっきも言った通り、何度かはドアホンを押してきました。でも……3回目だったかな? 俺はおまえを部屋に上げるつもりはない、とはっきり言いました。それからは少なくとも、アパートの玄関先には来なかった。俺のアパートの周りなんか、誰がいたって知るもんですか」

 華山は眉を顰め口をへの字に曲げた。それが本当なら、倉敷塁は華山に入れてもらえないのを承知で、ウロウロしていたということになる。
 もしかしたら、今日自分たちが張っていたあの公園の木陰にも、奴は立っていたのかもしれない。穗隆はふと、あの場所に立つ塁の姿を想像した。

 ――――塁は、華山が扉を開けて出てくる姿を待っていたのか。出てきたら、すぐ木の影に身を隠して……。

 第1回めの任意同行は、華山に不信感を抱かせただけで終わってしまった。次には任意ではないくらいの証拠を用意しないと駄目だろう。取調室から捜査課のフロアに戻った真嶋は、椅子に座るなり大きなため息を吐いた。

「こんなんじゃダメだ。話にもならん」
「犯行時間、奴がライブハウスにいたことがわかれば」

 風間が苦しげに続けた。

 事件当日、華山はライブの打ち上げ後、帰宅したことになっている。そしてその後は、事件が発覚して、バンドのリーダーから連絡が入るまで自宅にいた。
 確かに付近の防犯カメラは、彼がギターを背負って帰宅した姿を捉えていた。残念ながら、逆方向に向かう彼の姿は映っていない。刑事部屋には重たい空気が漂った。
 事件のあった2015年は、相当数の防犯カメラが設置されるようになっていたが、商業施設、公園など場所は限られていた。



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