毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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第2章 容疑者

容疑者 6



「刑事さんじゃないか。ここで何してるんだ? まさか俺を待ち伏せとか?」

 やはり、穗隆にはため口だった。

「まさか。僕はそれほど暇じゃない」

 嘘ではない。穗隆は捜査で家に帰る時間もままならなかったし、ここで彼を待ち伏せたわけではない。ただ、華山を追っているのは紛れもない事実だ。

「ふうん。ねえ、刑事さん。忙しいなら無理かもしれないけど、ちょっと俺に付き合わないか?」
「なに……」

 容疑者に付き合えと言われて、断る馬鹿はいるだろうか。もちろん何かの罠かもしれないし、一人で接触するのはまずい。
 だが、今の捜査本部には有力な手掛かりが何もない。華山の余裕が不気味だが、ここは誘いに乗るべきだろう。穗隆は一瞬思考を回したが、端から気持ちは決まっている。彼の誘いを断れるはずがなかった。

「まあ、少しなら構わないが」
「良かった。遅い朝飯をそこのカフェに食べに行くんだが。いつも一人なんで、たまにはね」
「朝飯か。それならちょうどよかったな。僕も何か食べたいと思っていた」

 それは正直な穗隆の気持ちだった。冷蔵庫に朱里が買いおいてくれたプリンがあったが、それも食べれずここにいる。

「そう言えば、あんた、名前なんていうんだっけ」

 あんたと呼ばれ、穗隆は少しムッとする。

「皇樹だ」
「すめらぎ? なんか偉い人の名前みたいだな」

 それには何も答えなかった。少なからず華山の言う通りだからだ。でも、何かを付け加えるつもりはなかった。

「ん? 朝シャンしたのか。シャンプーのいい匂いだ」

 華山はつと体を穗隆に寄せ、髪の匂いを嗅ぐ仕草をした。何の前触れもなく、ごく自然にテリトリーを侵す。
 穗隆は、その場では何の反応も見せなかったが、実際は間違いなく動揺し、心をざわつかせていた。

 二人は駅前の、有名チェーン店のカフェに入った。例のライブハウスは、ここから少し行ったところにある。

 ――――やはり華山はあの日、あの道を通ったのだろうか。

「君はいつも今の道でライブハウスに行くのか?」
「いや、俺はその日の気分で道を選ぶ。今日は何となく、あそこを通った」

 供述通りの答えが返ってきた。どの経路でライブハウス、または駅に出ていたかを聞いたところ、華山は同じように応えた。そして、警察が用意した地図に何本もの線を引いたのだ。

「僕は、仕事じゃなければ同じ道を選ぶな」
「そういうの、自閉的って言うらしいぞ」
「そうかもな。自覚してるよ」

 捜査中の人物と話すのだ。事件に関わることは、一切してはならないのが本当のところだ。華山に捜査状況を話すことはできないし、下手に尋問めいたこともやってはいけない。お互いけん制しながらの会話は、おかしな緊張感がある。

「いつからバンドを始めた?」

 自ずと会話の内容は、こんな感じになる。穗隆はこの店に入るまで、尾行しているはずの仲間がいないか気を付けていた。
 が、本当に撒かれたのか誰も来なかった。携帯のメールで現状を伝えたいが、そうもできない。そこに田畑から着信があった。穗隆は数秒迷うが通話ボタンを押す。

「ああ、すみません。いえ、学生時代の友人と、駅前のカフェでモーニングしてます。え、それはマルヒですよ。後から合流しますんで。じゃ、切りますね」

 伝わっただろうか。電話口でかなり怒鳴っていたが。確かにこれから聞き込みするのに、友人とモーニングもあったもんじゃない。

「いいのか? どうせ例の事件の捜査だろ?」
「いや、今日は違うよ。僕たちは事件捜査ばかりしているわけじゃない。最近、あのあたりに下着泥棒が出るんで、住民の方々に注意喚起してるんだよ」

 とかなり適当な話をしてみた。だが、これも全くの空想ではない。事件捜査がない時は、生活課からの依頼で実際にやることもあるのだ。
 空き巣や架空請求詐欺防止も警察官と一緒に実施する。地方の警察署に、年がら年中重大犯罪が起こるようなことはない。ただ、いざ事件捜査が始まると、そんなお手伝いは一切できない。

「下着ドロねえ」

 華山は呆れたと言わんばかりの視線を穗隆に向けた。疑ってるのかもしれない。穗隆はその時間を作らせないよう、また問い直した。



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