毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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第2章 容疑者

容疑者 8



「それは反論できないか。ふっ。まさか俺の交友関係を、あんたら国家権力に嗅ぎまわられるなんてね。人生何が起こるかわかんないな。まあ、こういう貴重な経験も、音楽に役立つかもしれんが」
「役立たんだろ」

 穗隆はすぐさま突っ込んだ。それが可笑しかったのか、華山は笑い出す。

「なあ、連絡先交換しないか。あんた面白いや。それとも俺って容疑者なのかな。容疑者とは連絡先交換できない?」

 カマをかけているのだろうか。彼はまだ容疑者と呼ぶには証拠がなさすぎる。連絡先を交換できないことはない。捜査本部では、当然のことながら彼の連絡先は入手している。

「ああ、もちろん構わない。メールアドレス教えてくれ」
「お、あんたもまだ携帯なんだな。俺もまだ、スマホじゃないんでね」

 この頃、急速にスマホの普及率が上がっていたが、警察では未だに携帯文化が幅を利かせていた。スマホを配布されたのは、上級役職の者だけだ。
 一瞬だけ思案したが、穗隆はプライベートの携帯を出した。署から支給されている携帯では、華山が警戒するかもというのが理由だ。

 コーヒーのお代わりをしたところで、穗隆の見知った顔が入店してきた。今日、華山に張り付くはずだった同僚だ。穗隆に目配せし、少し離れた場所に席を取った。

 ――――僕の電話の意味がわかってくれたようだな。これでいつ華山と別れても大丈夫だ。

 電話口で穗隆が言った『マルヒ』は容疑者、つまり華山のことだ。田畑もそこにピンと来たのだろう。

 もうこの場を自分が去っても大丈夫。そうわかっていながら、穗隆はもう少しここにいたいと思った。
 交換したメルアドを何となく眺めてしまう。アドレスに捲土重来のアルファベットが並んでいる。なんだか和んだ。

「あんたのメルアド、あまりにも普通だな。こんなんじゃ迷惑メール、わんさか来るんじゃない?」
「それも捜査に役立つから構わないんだよ」

 ホントか嘘みたいなことを言う。華山はふんっと鼻で笑った。

「じゃあ、俺が夜中に迷惑メールをしてやる」
「構わないよ。僕らの仕事は夜も日もない」
「へえ。さて、じゃあ行くかな。今日はメンバーと話し合いだ」
「話し合い?」

 グラスや紙ゴミをトレーに集め、カタカタと音を鳴らしながら華山は席を立つ。穗隆は名残惜しい気持ちを抱えながら、自らも立ち上がった。

「ああ、新曲が出来たんでね。俺らに話を持ってきたレーベルに、デモテープを送るんだ。活動場所がない今だからこそ、出来ることはしないとね。今日はその作戦会議だ」

 穗隆より10センチ近く高いだろうか。ガタイがいいのでそれ以上に大きく見える。穗隆は顎を上げ華山を見上げる。
 子供の頃執着していた例の職人は、小さい自分からは巨大に思えたものだが、こうして間近に見る華山も迫力があった。なにか、イタリアの有名な彫像を見た時のような、憧れに似た感情がわいてくる。

「見過ぎだよ。皇樹さん」

 華山は彼の気持ちを見透かしたのか。にやりと唇の端を上げた。

「あ、失敬……鍛えてるのかなと思って」
「ライブって体力いるんだよ。ギター、割と重いしさ。金がなくてジムには行けないから、もっぱら自己流だけどね」

 華山は片目を瞑ると、トレーを持ってさっさと行ってしまった。無遠慮なウィンクをされた穗隆は固まり、しばらくそこから動けなかった。




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