毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

文字の大きさ
22 / 68
第3章 裏切り

裏切り 4



 目が覚めると、そこには見知らぬ天井があった。穗隆はゆっくりとあたりを見渡す。

 ――――ああ、そうか。

 自分のベッドより、少しマットが堅い気がする。横からはスヤスヤと、気持ちの良さそうな寝息が聞こえてくる。辺りはまだ薄暗い。近頃は陽が昇るのも遅くなった。穗隆は携帯をぱかりと開ける。

 ――――5時か……。夜が明ける前に帰らないと。

 当然のことながら真っ裸だ。あれから、穗隆は華山のされるがままになった。
 真嶋が言う通り、華山はゲイだ。穗隆にとって初めての行為だったが、あの男は終始手慣れた様子だった。穂隆を翻弄する華山の手練手管。その一つ一つを思い出し、再び体が熱くなるのを感じる。

 布団の中に埋もれている下着を探し出し、トレーナーに手を伸ばしたところで、その腕を後ろから掴まれた。

「もう起きるのか?」

 華山だ。

「戻らないと……」
「仕事熱心だな」

 華山は穗隆をベッドに引き戻し、身体を入れ替えて上から見下ろした。

「止せ。じき陽が昇る」
「すぐ済むさ」

 再び穗隆は唇を貪られる。抗いたいのに魅入られたように動けない。下半身で硬直するものに触れられると、情けない声を出して穗隆は華山を受け入れた。

「いい子だ。それでいい」

 底のない沼に堕ちていくよう。穗隆は、昨夜何度も感じた恍惚感を味わう。いくつものスパークが弾け、体中が痺れていく。恋人の朱里と何度寝ても、これほどの快感を味わったことはない。
 夏の太陽、煌めく日焼けした肌、小気味よく動く鋏、そんな絵がフラッシュバックする。
 吐息はやがて淫らな嬌声となり、華山が黙らせようと大きな手で覆う。それがまた、穗隆をより昂奮させた。



 捜査会議にぎりぎり間に合い、穗隆は自分の席に座る。体ごと椅子に放り込み、大きな音が会議室に響いた。隣にいた風間が、驚いて若いキャリアを見る。

「なんだ、皇樹。完徹でもしたのかよ。顔色悪いぞ」
「あ、いえ。すみません。大丈夫です」
「魂が抜けたみたいなツラだな」

 真嶋が鋭い口調で分け入ってきた。穗隆はびくりとしたが、真嶋の顔を見ることができない。何もかもを知られてしまう気がした。仕方なく穗隆は無理に笑顔を作り、「昨日、急に彼女が東京から来て……」と言い訳した。

「若いねえ」

 田畑と風間がにやけ顔になり、他の捜査員たちも下卑た笑い声をあげる。

「それは悪いことじゃないな。活力にもなるってもんだ。よし、じゃあ始めよう」

 上手く誤魔化せただろうか。真嶋はホワイトボードに何やら書き出した。静岡の塁の家族の写真が加わっている。メールで小林たちが送ってきたようだ。彼らは昼にはここに戻ると真嶋が言った。

 淡々と、倉敷塁の生い立ちが語られた。今まで、あまり注視してこなかったことだ。塁が家を出たのはもう4年も前の話。中学卒業してすぐのことだったから、生い立ちや家族のことも、形式的になぞっただけだった。
 だが、そこにはあまりにも胸糞の悪い、そして、切なすぎる彼の人生の闇があった。


 携帯電話を何度もチェックする自分が滑稽だ。華山と別れてからものの数時間で、もう彼が恋しい。まるで、悪い遊びを覚えたばかりのガキみたいだ。
 おまけに来たと胸を躍らせたメールが、朱里からのものだったりすると、罪悪感と落胆が同時に襲って収拾がつかなくなる。

 ――――僕は、何をやっているんだ。

 そう頭では思うものの、心と体は全く別行動を取ろうとする。ようやく手にしたおもちゃを取られないよう、冷静にしなくてはいけないところなのに。

 翌日には、現場百辺と真嶋が声掛けし、ライブハウスにみんなして出かけた。だが、1日経っても心が覚束ない穗隆は、ウロウロするだけ、目になにも入ってこなかった。

「どうします、真嶋さん。このままでは捜査本部も縮小されてしまいます」

 ベテランの風間が、真嶋にそう言っているのが聞こえる。今はまだ、他に目立った事件がないからいいが、ここで大きな殺人事件でも起こったら、一挙に人員を割かれてしまう。そうなると、ますます事件解決から遠ざかる。

「皇樹、その後メールは来てないんだよな?」

 定まらない視線を機材に投げていた穗隆に、突然真嶋が声をかけた。あれから、穗隆は差し障りのないメールは転送していたが、そもそも、そんなにメールは来ない。
 一昨日夜の誘いメールは、当然、一切転送していなかった。

「はい……すみません」
「もうフラれたんかい。うちの皇子様をフルなんざ、許せねえな」

 小林がからかうと、捜査員から笑い声が漏れた。

「被害者の父親には、アリバイがあったんだよな」

 今度はその小林に真嶋が尋ねる。既に確認済みの件だ。小林は、怪訝そうな顔をして答えた。

「はい。事件当日は、間違いなく静岡にいました。友人と、居酒屋に遅くまでいたという証言ですが、裏が取れています」

 昨日報告した内容と同じことだ。

「どうしました? 養父、気になるんですか?」

 今度は田畑が尋ねる。真嶋はうーんと唸り、

「なんだか引っかかる。思い出してみたんだ。遺体を引き取りに来た、あの時の母親……」

 小林たちの報告を聞き、真嶋の狙いは華山から養父に針が振れたのか。元々華山にしても決めつけていたわけではなく、真嶋は持ち前の柔軟な思考で動いていた。そこに新たな材料が加わり、一挙に関心を持ったようだった。

「怪しいのは同意しますが、4年も前に出てった義理の息子を、今更殺しますかね?」

 田畑が続ける。

「そうなんだが……俺も一度会いに行くかな……」
「反吐が出るような男ですよ」

 今風の雰囲気イケメンである小林が、その顔をゆがめて吐き捨てた。

「普段は紳士面してるのが、余計ムカつきました。被害者の友人が証言していても、しらばっくれてましたから」

 被害者の養父、つまり、母親の再婚相手である倉敷は、教育者だった。昨年退職したばかりだが、最後は教頭だ。言わずもがな街の名士でもあったのだろう。だが、小林はそうは思わなかった。



感想 3

あなたにおすすめの小説

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

天然で優しいお母さんは最強かもしれない

三園 七詩
ミステリー
俺はある事を除けばただの高校生。 ごく普通の家庭に生まれた。 少し天然だけど優しい母さんと出張の多い父さんの間に生まれた。 一つ変わったことがあるとすれば幽霊が見えることだ。 怖い話も交えた日常ファンタジー風。 ホラーかミステリーか微妙なので一応ミステリーにしてあります。

豊臣の子

四谷軒
ミステリー
慶長19年(1614年)、方広寺鍾銘事件が起こり、豊臣家は刻一刻と、大坂の陣――亡(ほろ)びの道を歩んでいた。 豊臣完子(とよとみさだこ)は豊臣秀勝(秀吉の姉・ともの子。豊臣秀次の弟)と江(ごう)(秀頼の母・茶々の妹)の子であり、茶々の養女である。 完子(さだこ)は、夫の・九条忠栄(くじょうただひで)と共に、豊臣家を守ろうとしていたが、その折り、秀頼が乱行に興じていることを知る。 秀頼の乱行を止めるため、完子と忠栄はその乱行に興じる理由を探る。探っていくうちに、十年前の慶長4年(1604年)に、完子の九条家の嫁入りの前夜に起こった、完子の乳母の怪死事件に遠因があることに気づく。 乳母は、完子の嫁入りの宴に出席したあと、大坂城内の一室で怪死しており、その死体を発見したのが秀頼であった。 秀頼は乳母のことを好いており、十年後の慶長14年(1614年)、その怪死の謎を解く。解いた結果、秀頼は豊臣家の「秘密」――秀頼自身の出生の「秘密」に気づく。その「秘密」は秀頼を狂わせ、秀頼を乱行へと誘(いざな)っていく。 方広寺鍾銘事件の原因となった鍾銘も、狂った秀頼によって「いじられた」ものであり、こうして豊臣家は滅亡への道を突き進み、忠栄や完子の努力も虚しく、大坂の陣へと突入してしまう……。 【表紙画像】不明Unknown author, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

再生ホテルー館花琴音の事件簿ー

天咲琴乃 あまさき ことの
ミステリー
かつて聖堂や学び舎だった建物を再生した、 山あいの小さなホテル。 そこには、何かを終えた人間だけが辿り着くという。 元配信者で、現在は歯科衛生士として働く 館花琴音(たちばな ことね)は、 自分自身の心の整理のため、 そのホテルに滞在することになる。 静かな夜、ホテルでは 奇妙な「音」が聞こえ始める。 子どもの名前を呼ぶ声、誰かに似た話し方、 あるはずのない沈黙、拒絶された言葉―― それらはすべて、宿泊者自身が向き合うことを避けてきた過去だった。 琴音は探偵でも、裁く者でもない。 ただ、声と沈黙に関わってきた人間として、 彼らが“自分の音を聞く”のを邪魔しない。 再生とは、 許されることでも、元に戻ることでもない。 壊れたことがあっても生きていけると知ること。 全五話で描く、静かな心理ミステリー。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

【完結】学園ギャンブル

暗闇坂九死郞
ミステリー
頼まれると断れない性格の女子高生・吉高菜々子は、自称ギャンブラーを名乗る謎の男子高生・花屋友成と出会う。花屋の勝負強さに目を付けた吉高は、将棋部の体験入部で行われていると噂されているギャンブル対決に身を投じることになり……!? 【登場人物】 花屋友成………マッシュルームカットに眼鏡の謎の自称ギャンブラー。優れた頭脳と洞察力で相手のイカサマを見抜く。 吉高菜々子……お人好しのクラス委員長。花屋との出会いからギャンブラーたちの世界を覗くことになる。 躑躅森遥………『賭博生徒会』会計。 馬酔木白夜……『賭博生徒会』書記。

俺以外を見るのは許さないから

朝飛
BL
赤池凌平は、成瀬真介と出会い、緩やかに親交を深めてやがて恋人同士になるのだったが、時折違和感を抱いていた。  その違和感の正体が明らかになる時には、もう何もかも手遅れになってしまい……。 (女性と付き合うシーンもあります。) ※ネオページ、エブリスタにも同時掲載中。マイペースに更新します。