毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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第3章 裏切り

裏切り 8



 穗隆は自分が何を知りたいのか、わからなくなっていた。まるで華山の過去を掘り出したがる、嫉妬深い情夫のようだ。
 今更、刑事面して事件の真相を話せとは言わないが、華山が殺人犯でない証拠があるならば、それは知っておきたい。

「あいつは、義理の親父さんから酷いめにあってたと言っていた。家を出たのは、親父さんから逃げるためだったとさ」
「そのようだな。同僚から、先日聞いたばかりだ」

 穗隆は整理できない心のままに、抑揚もなく応じた。

「どうした? 何か怒っているのか?」
「いや……そうじゃなくて。おまえは、僕たちに嘘ばかりつくから……」
「うん? そうだな。まあ、俺も変に疑われるのは嫌だからな。それに嘘ばかりじゃない。俺はあいつと寝てないし、好きという感情はなかった」
「本当か!?」

 穗隆はつい、その言葉に飛びついてしまった。言ってからしまったと思ったが、時すでに遅い。華山は切れ長の双眸を細め、彼を見ている。

「本当さ。俺はあんたみたいのがタイプだからな。塁のようなか細いのは苦手だ」

 華山は、穗隆の頭に置いていた手を頬にずらし、親指で彼の唇をなぞる。穗隆はその指を軽く噛んだ。

「いてっ、全く。猫みたいだな」
「塁の話はどこで聞いたんだ? おまえの家にはあげてないんだろ?」
「そこかよ。意外に嫉妬深い奴だなあ。まあ、そういうところもゾクゾクする。心配するな、あげてないよ。あいつの話は、ライブハウスで聞いたんだよ」

 嫉妬深いと言われ、穗隆は自分で驚く。今まで何人かの恋人を持ったが、彼女たちに嫉妬を感じたことがなかった。浮気されてはいないと思うが、他の男と遊びに行っても不思議と何も感じなく、好きにさせた気がする。
 朱里と遠距離恋愛ができたのも、そのお陰なのかもしれない。

 ――――というより、多分、本気で好きじゃなかったのだろうな。今の華山に対する僕の気持ちは、かけ離れて全くの別物だ。僕は、華山を自分の中に閉じ込めてしまいたいと思ってる。その想いは狂おしいほどだ。まるで病気だな。

 穗隆は自分の感情を客観的に見ていた。それに狼狽えあざ笑いながら、一歩一歩沼へと踏み込んでいく。そのうち、頭までどっぷり浸かってしまうのだろう。
 とっくに予測できた事だが、それに抗うつもりは今更なかった。罠を嵌めたのはどちらか。沼に落ちるなら、華山も道連れにする。

「他に、その話を聞いた奴はいないようだ。やはりおまえは、塁にとって特別だったんだろうな」
「特別? 他の奴らはそんな話をしなくても寝たからだろう。あいつは、体の繋がりがないと生きていけなかったんじゃないかな。それを手にいれるためのツールが、一番汚らわしいと思ってた行為だったのには、同情するが」
「同情……」

 穗隆はその言葉を繰り返す。誰もが彼の生い立ちには同情するだろう。だが、塁はその話を、限られたものにしか話すことはなかった。

 ――――あの同級生という男。庄司一馬とかいったか。塁と彼の関わりは、僕らが思っている以上に深いのかも……。

「なあ、俺ってどれくらい怪しいって思われてるんだ?」

 華山の手が、穗隆の髪から頬、顎と少しずつ下がっていった。穗隆はその手首を掴み、口角をあげる。

「捜査上の秘密だから……話せるわけない。でも、キスしてくれたら教えてやろう」
「何を言い出すかと思ったら。いくらでもしてやるよ」

 華山は、自由な右手を穗隆の後頭部に回すや否や、唇を塞いだ。長く、濃厚な口づけが交わされる。息をするのも惜しむように、穗隆は華山の唇や舌を味わった。

「で? 交渉は成立かな。刑事さん」
「ああ……」

 もちろん、おふざけのつもりだ。それでも彼のキスは、穗隆の忠誠心や社会的な倫理観を、溶かしてしまう力はあった。

「まあそうだな。真嶋さんはまだ疑ってる……でも、何の証拠もない」

 言ってしまって、不思議に後悔はなかった。これから、捜査状況を華山に逐一話すことになったとしても。それが愛する男のためなら、当然のことのように思えさえした。

「そりゃあまずいな。真嶋さんってあの、目つきの鋭い人だよな。困ったな」
「困ることはない。犯人じゃなければだけど」
「そうか? なんだか、あんたらに犯人に仕立てられそうだよ。これも実はおまえの、文字通り体を張った潜入捜査だったりして」
「なんだと……」

 それにはさすがにムッとした。自分がどんな危ない橋を渡って、華山と会っているかわかっているのか。これが潜入捜査ならどれだけ楽か(いや、それには少し語弊はあるが)。

「捜査のために体を張るけど、こういう意味じゃない」

 穗隆は反転し、華山から背を向ける。深夜の穗隆の部屋。カーテンが半開きにかかる窓からは、街灯の灯りが洩れてくる。大通りから一本入ったここは、時々通る車の音以外、何もない静かな場所だった。



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