毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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第3章 裏切り

裏切り 10



 二人の逢瀬はお互いの部屋だけでなく、ホテルも使われた。穗隆は何食わぬ顔で捜査会議に出席し、差し障りのないメールを転送し続けた。

 捜査に目立った進展はない。管区に別の凶悪事件が起き、一部の捜査員が駆り出されたのも一因だ。華山に対する張り込みも、おざなりになっている。
 ただ、被害者、塁の実家がある静岡に、真嶋が出かけるなどの動きはあった。父親の慇懃無礼な態度に接した班長は、アリバイを証言した、教員時代の同僚にも会っていた。


 華山への疑いが、少しずつだが和らいでいる。穗隆は勝手にそう思っていた。今、真嶋の関心は静岡にある。そんな時だった。

「皇樹、捲土重来が解散したって聞いたか? おまえ、この間、華山と会っていたろ? 何か言ってなかったのか?」

 突然、真嶋から問われた。会っていたというのは、実は二人で計画したことだ。捜査が行き詰り気味の警察に、美味しいネタを提供してやろう。そう華山が言い出したのだ。

 誘いのメールから始まり、ファミレスで晩御飯を食べる。という図を演じたのだ。その小芝居を、刑事たちが真顔で見張っているのがなんだか可笑しくて。そのあと、ベッドで盛り上がったのは言うまでもない。

「い、いえ。そんな話は一言も。でも……」
「でも?」
「本当はそのことが言いたくて、僕を呼び出したのかもしれません」

 穗隆は咄嗟にそう返した。だがそんなことは、一度も聞いたことはなかった。
 確かに彼らが常連だった、例のライブハウスはついに閉鎖。デビューを目論んでいたレーベルからもそっぽを向かれ、今は辛いところだ。それは当然知っていたが。

 ――――解散なんて聞いてない。言う必要ないと思ったのか。

 肉体は隅から隅まで知り尽くしていても、プライベートなことは触れない。体だけの関係ということか。
 お互い事件絡みの話を、極力しないようには努めていた。事情聴取のように思われたくないし、捜査情報を漏らすのも、出来れば避けたい。
 でも、それ以外の他愛のない話はよくしていた。華山がギターを始めたきっかけも、穗隆は興味深く聞いたものだ。それは例のファミレスで聞いた話だが。

『兄貴のギターを勝手に弾いてたら、怒られてさ。しかも俺のほうが上手かったんで、腹が立ったんだろうな』

 ナイフでステーキを切る手際もこなれている。自慢話をするような男ではなかったが、その時は、誇らしげに教えてくれた。

『それで本気になった。エレキが欲しくてさ。祖父さんに、当時の流行曲を弾けたら、エレキギターを買ってくれってお願いしたんだ。兄貴のギターはアコースティックだったから』
『ふうん。で、買ってもらったんだ』
『そう。当時、富山では俺の欲しかったギター売ってなくて、金沢まで行ったなあ。思えば祖父さんが、俺のギターの観客第一号か』

 穗隆は捲土重来の演奏を、生で聴いたことはなかった。華山から、デモテープを聞かせてもらったくらいだ。
 ただ、アコースティックは、彼の部屋やホテルで、何度か耳にすることができた。心の奥を抉るような、彼らしい色気のある音だった。

 何となく残念な気持ちになりながら、穗隆はメールを送った。『解散したのか?』と一言だけ。
 だが送信した直後、驚くべきことが起こった。

 ――――送信できませんでした。メールアドレスが正しいか、ご確認ください。

「えっ? どういうことだ?」

 戸惑いのまま、穗隆はパソコンを立ち上げる。事件の名前で括られたファイルの中には、関係者メールアドレスとして、華山のアドレスが入力されていた。
 穗隆は震える指先で、そこへメールを送る。だが、結果は同じだった。

「真嶋さん、あの……」

 階段を駆けあがる、忙しない音が耳に入ってくる。穗隆は嫌な予感を抱きながら、真嶋に声をかけた。だが真嶋は振り向かない。扉を大げさに開け入って来た小林に、目がいったからだ。

「なんだ小林。ドアが壊れる」
「真嶋さん、それどころじゃないっ。華山に逃げられました」

 パソコンデスクの前に立っていた、穗隆は愕然とした。膝に力が入らない、奇妙な感覚が彼を襲う。

「嘘だ……」

 そう漏れでた声に、振り向いた真嶋が鋭い視線を投げた。だが、穗隆は気付きもしなかった。



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