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第4章 執着
執着 2
華山は、5本のギターを一本ずつ持ち出していた。ギターケースに入れていたので、帰りが空でもこちらからはわからない。
5本のうち4本を、メンバーに売ってもらうよう依頼したそうだ。その金は、既に華山が手にしている。
「どこへ行くと言ってましたか?」
捲土重来のリーダーは、ボーカルの男だった。華山と最も仲が良かったようだが、彼も詳しいことを知らなかった。
「ウチが解散するのは、随分前から決めてましたから。ギターを新しくして、心機一転するんだと言ってました。でも、旅行に行くとは聞いてません。本当に消えたんですか? 実家に帰っただけじゃないですか? バイトだって、そんな、ずっと同じのやってたわけじゃないし」
もっともな意見だ。だが、もちろん実家に帰った形跡はない。容疑者だった男が、携帯も解約し、バイトも突然辞めていなくなったのだ。警察としては消えたとしか思えない。そしてそれは、穗隆が一番よくわかっていた。
「でも、変ですね。自慢じゃないが、華山を追い詰めるほどのもの、ウチはまだ何も掴めてませんよ」
「そうだな。自慢じゃないがな」
いつもの小林の軽口に、真嶋が睨みつけた。一通り交流のあった人物を当たった後、今は一旦署に戻り、証言から考えられる華山の行先を探っている。
「皇樹が、何か話してなければな」
「え。僕ですか……僕は、何も……」
捜査員の目が、一斉に穗隆を捉えた。華山がいなくなってから、ほとんど言葉を発しなかった穗隆に、初めて疑いの目が向けられた。
「まあいい。少し話が聞きたいから、会議室で待っててくれ。すぐに追いかける」
穗隆は小さく頷いて、指定された場所へ向かった。本心はすぐにも自宅に帰りたかった。
まさかとは思うが、部屋に華山がいるかもしれない。いなくても、何か連絡があるかもしれない。華山には合鍵を持たせているから、いつでも入れるはずだ。
無意識に伸びた右手で、会議室の椅子の背を握る。穗隆が座ると小さな軋み音が鳴った。
ほどなくして、誰かに扉を開けてもらったのか、両手にカップコーヒーを持った真嶋が入って来た。
「ブラックで良かったな」
「ありがとうございます」
目の前に差し出された紙コップを手に取り、穗隆は香りのしないコーヒーを口に入れた。
「おまえ、華山に何か話したか?」
真嶋は前置き無しで、そう聞いてきた。穗隆はどう答えていいのか口ごもる。穗隆が捜査内容で言ったとすれば、これだけだ。
『真嶋が疑っている。だが、証拠はない』
本当にこんなひとことで逃げるだろうか。逃亡する方が、よっぽど怪しいと思われる。いや、もう、自分が犯人だと言ってるようなものだ。
「特には……ないです」
「そうか。まあ、言える材料はないものな」
それには素直に頷いた。
「これ、見ろ」
真嶋は自分の携帯を開き、画像を見せた。
「これは……」
穗隆はその画像を見て、絶句した。華山が穗隆のアパートに入っていく様子が、ありありと撮られている。
「このことを知っているのは、オレと田畑だけだ。この写メは、張り込み中の田畑が撮った。まだあるぞ」
いくつか見せられた写真には、同じホテルに入る自分の姿まであった。
「おまえ、華山と寝てただろ」
ごくりと穗隆は唾を呑み込んだ。全てバレてた。バレて、真嶋は黙っていた。いつから気付いていたんだ。焦点定まらない目が、殊更に泳ぐ。穗隆の、今は全く動きの悪い脳内が、ようやくのろのろと働きだした。
「華山の張り込みを薄くしたのは、人員削減以外にも理由がある。おまえを見張ってれば、あいつの動きはわかると思ってた。だが、こうもあっさり捨てられるとはな。それとも、聞いていたのか? あいつが逃げること……」
「いえ! いえ……知りませんでした」
なんとも言えない表情で、穂隆を見た真嶋は、ため息をついた。
「ミイラ取りがミイラになって、あげくに利用されたか」
その言葉がもつ意味に、穗隆は総毛立ち、熱いものが食道を駆け上がるのを感じた。
「おまえは、大層な後ろ盾を持つキャリアだ。この、おまえの嗜好の件を公けにするつもりはない。だが、なんとしても、華山を見つけないとだめだ。あいつがこのまま戻ってこなかったら、オレも隠し切れない。田畑の口にも、戸を立てることはできないしな」
穗隆はブルブルと震え出した。寒いわけでは決してない。あの男に、華山に裏切られたことが、あまりにも衝撃だった。
今までそれに気付かないよう、わざと脳内の動きを止めていたのか。それも、真嶋からはっきりと言われ、認めざるをえなかった。
――――華山は僕を裏切った。いや、初めから、利用するつもりだったのか……。
「それで、何かヒントになることは言ってなかったか? 行先に心当たりとか」
穗隆はハタと顔を上げる。ヒントならある。心当たりも。だが、もし最初から利用するつもりなら、本当のことを言うだろうか。
「心当たりなら、あります。ただ、僕に語ったことなので、嘘の可能性は高いです」
「いいから。こちらは何もないんだ。とにかく何でも言ってみろ」
本音では言いたくなかった。寝物語としても、あいつの唇から放たれた、『あんたと逃避行さ』の言葉。
穗隆はあの時笑い飛ばしたが、心底嬉しかった。誰にも教えず、大切に取っておきたいくらいには。
でも、もうそれも、くだらない感傷なのか。あれは、華山の嘘だった。穗隆は、富山の山小屋のことを話した。
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