毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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第5章 覚醒

覚醒 1



2018年 3月

 倉敷塁が愛知県のライブハウスで殺されてから3年、2018年(平成30年)3月末。華山が穗隆の前から姿を消してからは、2年と5ヶ月が経っていた。

 春が待ちきれない山野草のように、まだ雪残る山道を、白い息を吐きながら穗隆は登っている。
 携帯電話はスマホに変わり、山に入ってもしばらくは電波がつながる。マップや衛星写真を見ながら場所を確認できるので、随分と捜索しやすくなっていた。

 ――――このあたりに何かありそうだ。途中、かなり急こう配だけど行けるだろう。

 島根に異動したての頃、閉鎖的な土地に慣れるのは、想像したより大変だった。が、元より大きな事件があるわけでもなく、慣れてしまえば、勤務の日ですら時間が余った。
 スマホを手にしたことにより、いつでもどこでも情報を得ることができる。最近ではツイッタを始め、情報入手のツールとして使っていた。

 だが、穗隆の山小屋探しは、それとはまた違う意味があった。華山の家族ですら、『山小屋など持っていない』と言っていた。誰もが、自分が騙されたと信じて疑わない。
 それでも穗隆は信じたかった。寝物語に語ったあの話は、本当だったと。

『いよいよ、犯人に仕立て上げられそうになったら、あんたとさ。逃避行するんだ』
『そんなところじゃ逃げたうちに入らんな。おまえの実家の近くじゃ、すぐに見つかるよ』
『どうかな。相当な山奥だ。道を知らなければ遭難するぞ。ウチの連中だって、長いとこ行ってない。ああ、そうだ。俺もたどり着けんかもしれんなあ』

 あの時の会話が、今も昨日のことのように思い出される。華山の笑い声、肌の熱、大きな手、体の芯が溶けるほどの熱情。思い出すと、知らずに体が火照ってくる。

 黙々と足を運ぶ。自分の足音と、どこかで流れている水の音しかしない。足跡に滲ませるように、華山との日々が脳裏に浮かんでくる。
 それを何度も反芻する。どれほど時間が経とうと、忘れることがないように。華山の愛撫を一つ一つ、キスの全てを思い起こす。それは、山に入る時の穗隆の儀式だった。

 ――――何か見える。あれは、煙……?

 道が道ではなくなっている。ほとんど崖に近い勾配を穗隆は登る。背中のリュックが肩に食い込んできた。苦しい。
 雪解けの道は湿り気を帯び、登山靴でもつかめなくなってくる。その中で、目に飛び込んできたのは、湯気のような煙だった。

 ――――誰かが住んでる!

 それが華山と決まったわけではない。だが、穗隆は何故か揺るぎないものを感じていた。

 ――――あれは……華山だ。絶対そうに違いない!

 穗隆は煙に向かって足を急がした。上ばかりを見て、足元がおろそかになる。ふいに、自分を支えていた地面が揺らぎ、体が後ろへと引っ張られていった。

「あっ! うわあぁぁ!」

 穗隆はそのまま、山道を転がり落ちていった。それは、奈落の底のように深い闇。穗隆の意識は一瞬にして、闇に取り込まれた。



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