毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

文字の大きさ
41 / 68
第6章 発露

発露 4



 穗隆が辞職願を書いて郵送した1週間後、小林が見舞いにやってきた。退院が来週に迫っていた。もう世間は8月で、夏休み真っ最中だ。

 倉敷正敏が殺された翌日、ネットには、穗隆が予想した庄司一馬の名前が踊っていた。塁を殺した犯人としても間違いはないようだ。異母兄が言う通り、事件は解決したのだ。
 ただ、ニュースに流れるのは、大衆が喜ぶような脚色を混ぜたフィクションであり、穗隆が知りたいことは不明なままだ。小林の来訪は、まさに穗隆が待ち望んだものだった。

「生きてるおまえに会うのは、愛知を発ったあの日以来だな」

 コンビニのお茶とおにぎりを持ってやってきた小林。その日のことを、穗隆は昨日のことのように思い出す。

「生きてるって。小林さん、僕が意識不明の時も来てくれたんですよね? あれ、生きてましたよ」
「あほか。息してるだけで生きてるって言うな」

 相変わらずだ。なんだか穗隆は、ようやく本当に生き返った実感がわいて、目頭が熱くなる。こんなところで泣いたりしたら、また何を言われるかわからない。腹に力を入れて我慢した。

 談話室にはフリードリンクが置かれてあった。小林は、そこで二人分のコーヒーを淹れ、自ら持ってきたお見舞いのドーナツを頬張りだした。

「このコーヒー、うちの署のより美味しいや」
「あ、小林さん……結婚されたんですね。おめでとうございます」

 ドーナツを持つ左手の薬指。光るものを目ざとく見つけた穗隆は、すかさず祝いの言葉をかけた。

「え? ああ、そうそう。おまえとペア組んでた頃、付き合ってた子とね。もう3年めだよ」
「そうなんだ。あの時の……」

 月日は、穗隆が華山に振り回されていようが、意識を失っていようが平等に過ぎていた。小林には子供もいるという。一つ年上とはいえ、随分差がついたなと穗隆は思う。自分はまだ、4年前から1歩も動けていない。

 小林はその4年の間、1度は塁の事件から離れていた。他の署に移っていたのだが、どういう因果か、昨年またこの事件の担当に戻れたという。真嶋は今でも彼の上司。だが、班長から課長代理に昇格していた。

「小林さん、事件のあらまし教えてもらえませんか?」

 穗隆はドーナツをちぎりながら小林に請う。捜査の詳細を外部に漏らすことは難しい。穗隆は、9月1日付で退職が決まっている。だが、小林は口角を上げた。

「いいよー。でも、他言は無用だぞ? 矢吹ジョー」
「な、なんすか、その矢吹ジョーって。いや、もちろん誰にも言いません」
「もう皇子様じゃないからな。新しいあだ名だ。そうだな。おまえの恋人も犯人じゃなかったし、教えてやるよ」
「ありがとうございます! もう、何て呼ばれても大丈夫ですから!」

 この軽口。まるであの頃に戻ったようだ。穗隆の顔に笑みが戻る。それを確かめるように眺めると、小林は満足そうに頷いた。

「では話してやろう。塁の養父が殺されたって連絡が入って、オレと真嶋さん、田畑さんは静岡に飛んだ」



感想 3

あなたにおすすめの小説

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

天然で優しいお母さんは最強かもしれない

三園 七詩
ミステリー
俺はある事を除けばただの高校生。 ごく普通の家庭に生まれた。 少し天然だけど優しい母さんと出張の多い父さんの間に生まれた。 一つ変わったことがあるとすれば幽霊が見えることだ。 怖い話も交えた日常ファンタジー風。 ホラーかミステリーか微妙なので一応ミステリーにしてあります。

豊臣の子

四谷軒
ミステリー
慶長19年(1614年)、方広寺鍾銘事件が起こり、豊臣家は刻一刻と、大坂の陣――亡(ほろ)びの道を歩んでいた。 豊臣完子(とよとみさだこ)は豊臣秀勝(秀吉の姉・ともの子。豊臣秀次の弟)と江(ごう)(秀頼の母・茶々の妹)の子であり、茶々の養女である。 完子(さだこ)は、夫の・九条忠栄(くじょうただひで)と共に、豊臣家を守ろうとしていたが、その折り、秀頼が乱行に興じていることを知る。 秀頼の乱行を止めるため、完子と忠栄はその乱行に興じる理由を探る。探っていくうちに、十年前の慶長4年(1604年)に、完子の九条家の嫁入りの前夜に起こった、完子の乳母の怪死事件に遠因があることに気づく。 乳母は、完子の嫁入りの宴に出席したあと、大坂城内の一室で怪死しており、その死体を発見したのが秀頼であった。 秀頼は乳母のことを好いており、十年後の慶長14年(1614年)、その怪死の謎を解く。解いた結果、秀頼は豊臣家の「秘密」――秀頼自身の出生の「秘密」に気づく。その「秘密」は秀頼を狂わせ、秀頼を乱行へと誘(いざな)っていく。 方広寺鍾銘事件の原因となった鍾銘も、狂った秀頼によって「いじられた」ものであり、こうして豊臣家は滅亡への道を突き進み、忠栄や完子の努力も虚しく、大坂の陣へと突入してしまう……。 【表紙画像】不明Unknown author, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

再生ホテルー館花琴音の事件簿ー

天咲琴乃 あまさき ことの
ミステリー
かつて聖堂や学び舎だった建物を再生した、 山あいの小さなホテル。 そこには、何かを終えた人間だけが辿り着くという。 元配信者で、現在は歯科衛生士として働く 館花琴音(たちばな ことね)は、 自分自身の心の整理のため、 そのホテルに滞在することになる。 静かな夜、ホテルでは 奇妙な「音」が聞こえ始める。 子どもの名前を呼ぶ声、誰かに似た話し方、 あるはずのない沈黙、拒絶された言葉―― それらはすべて、宿泊者自身が向き合うことを避けてきた過去だった。 琴音は探偵でも、裁く者でもない。 ただ、声と沈黙に関わってきた人間として、 彼らが“自分の音を聞く”のを邪魔しない。 再生とは、 許されることでも、元に戻ることでもない。 壊れたことがあっても生きていけると知ること。 全五話で描く、静かな心理ミステリー。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

【完結】学園ギャンブル

暗闇坂九死郞
ミステリー
頼まれると断れない性格の女子高生・吉高菜々子は、自称ギャンブラーを名乗る謎の男子高生・花屋友成と出会う。花屋の勝負強さに目を付けた吉高は、将棋部の体験入部で行われていると噂されているギャンブル対決に身を投じることになり……!? 【登場人物】 花屋友成………マッシュルームカットに眼鏡の謎の自称ギャンブラー。優れた頭脳と洞察力で相手のイカサマを見抜く。 吉高菜々子……お人好しのクラス委員長。花屋との出会いからギャンブラーたちの世界を覗くことになる。 躑躅森遥………『賭博生徒会』会計。 馬酔木白夜……『賭博生徒会』書記。

俺以外を見るのは許さないから

朝飛
BL
赤池凌平は、成瀬真介と出会い、緩やかに親交を深めてやがて恋人同士になるのだったが、時折違和感を抱いていた。  その違和感の正体が明らかになる時には、もう何もかも手遅れになってしまい……。 (女性と付き合うシーンもあります。) ※ネオページ、エブリスタにも同時掲載中。マイペースに更新します。