毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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第6章 発露

発露 10



 一馬が塁を殺したときの顛末だ。こちらの質問に答えているわけではないから、不足部分が多い。
 例えば、首に置いたタオルは持って帰ったのか、置いたままなのか、あるいはどこかに捨てたのか。塁を殺した正確な時間は何時だったのか。知りたいことが書かれていない。

 ただ、タオルを首に置いて扼殺したことは、どこにも公表していなかった。これが犯人しか知りえない情報となり、一馬が実行犯である決め手となった。

「塁の爪は綺麗なものでしたよね」

 穗隆はそう小林に確認した。普通、首を絞められたら犯人の手を退けようとする。その際、爪に犯人の皮膚片や洋服の繊維などが入っていることがある。だが、テレビドラマのように必ずあるとは限らない。

「ああ、あいにく爪は短かったしな。痕跡は何もなかった。一馬が綺麗にふき取ったのかもしれんが」

 爪が短い理由、穗隆には何となくわかった。自分も華山と頻繁に寝ていた時は、爪を短くしていた。
 背中や腕にどうしても爪を立て、傷をつけてしまうからだ。塁もあの頃、複数の男と寝ていた。同じようにしていたとしても不思議ではない。

「タオルはどうしたんでしょうね」
「わからん。一馬の家を家宅捜索したけれど、それらしいものは出てこなかった」

 タオル。その単語に穗隆は引っかかるものがあった。だが、それを思い出す時間と心の余裕がこの時はなかった。

「倉敷塁殺しについてはここまでだ。後は、さっき話したようにサービスエリアまで歩き、適当なトラックを選んで運んでもらったとあった」

 適当なトラック……。自分の商品価値がわかるドライバーを、一馬は選べたんだろうか。
 多分、それは可能だったように思う。塁にしても、的確に獲物を選ぶことが出来ている。彼らには、そんな特別なアンテナが備わっているのかもしれない。

「遺書の続きは、父親の倉敷殺しについてですか?」
「ああ。その通り」

 小林はさすがに、『遺書』そのものを穗隆に見せることはなかった。捜査状況についても、外部に話していいギリギリを伝えていることだろう。
 それでも、穗隆には十分すぎるほどありがたかった。小林は話を続けた。


 ――――――塁が死んでから、僕が殺してから、僕はまた先生のところへ行きました。

 先生は悲しい素振りを見せず、どちらかというと怒ったような顔をしていました。相変わらず、僕の存在を見て見ぬふりをしていたので、僕はいつか、塁を殺したのは僕だと言ってやりたいと思っていました。

 僕はそれからも、先生から全てを奪っていきました。かつての教え子で先生の被害にあった連中を集め、二度と先生が手を出さないようにしました。先生は、そのうちきっと我慢できなくなる。そう僕は信じていました。

 そして、ついにその時が来ました。僕は先生に呼ばれました。塁に先生を取られてから、10年以上経っていました。先生はようやく僕を、再び見てくれるようになったんです。嬉しかった。最初に先生に助けてもらってから、やっと僕のもとに帰ってきてくれた。

 でも、それは長くは続かなかった。その日は突然やってきた。先生は、僕にこう言ったんです。

『おまえが塁を私から遠ざけたというのは本当か? 今日、静岡県警がやってきたんだ。連中の言うことが本当なら、私の性癖を密告したのもおまえなのか? 私を破滅させたのは、おまえかなのかっ』

 一体、今更何を言い出すのか。僕はわかりませんでした。先生にとって、最後に残った僕と、幸せな時間を過ごしている。それでいいじゃないか。もう、全て終わってしまった。僕以外、先生には誰もいないのに。



「小林さん。塁の母親は? 倉敷の奥さんはどうしたんですか?」

 小林が語る一馬の遺書、穂隆は思わず口を挟んだ。

「ああ……言い忘れてたけど、塁が死んでから、体調を崩してうつ病っての。それが悪化して、ここ半年くらい、入退院を繰り返してたんだ。旦那が殺された時は、実家に帰ってたみたいだよ」
「そうでしたか……」

 穗隆は塁の母親のことが、妙に気になっていた。自分を愛していたと思っていた夫は、実は自分の息子に執着していた。
 恐らく早い段階で、それに気づいたのではないだろうか。それを、辞めさせることも出来ずにいた罪悪感は、どれほどのものだったろうか。

 ――――うつ病なんて聞こえはいいが、結局、何もかも放り出して逃げた。

 見たこともない塁の母親が、何故か自分の母、響子の面影と重なった。



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