毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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第9章 聖夜

聖夜 1



 2019年 12月

 街は秋から冬へと季節を移ろわせ、クリスマスの装いが溢れる。暮れも押し迫る寒風吹く夜、穗隆はあるツイートを見かけた。

『クリスマスライブに 伝説のギタリスト登場』

 ツイッタの検索もずっと疎かになっていた。毎日、決まったワードの検索をするのだが、それも朝の満員電車の中で1度きり。違うワードで検索しなおしたりはしなくなっていた。時間がなかった。

 だが、その日は何か虫の知らせでもあったのだろうか。珍しく早めに帰宅した部屋のなか、炬燵で体を温めながら、スマホに指を滑らした。

『伝説のギタリスト。元捲土重来のギタリスト、K』

 何故イニシャルなのか、それはわからなかった。だが、これは間違いなく華山のことだ。場所は大阪だった。大阪の小さなライブハウスで、クリスマスライブが行われる。
 ワンドリンク1,000円、三つのグループが出演するイベントだ。華山はそのなかでトリを務める。しかも、バンドではなくギターソロらしい。

 当日会社は休みじゃないが、行かない選択はない。穗隆はまだ、有休をもらえない身分だがなんとでもなる。クリスマスまであと5日。逸る気持ちを無理やり閉じ込め、穗隆は息を顰めてその日を待った。

 彼に会ったらどう言おう。いや、それよりも華山は穗隆に会うだろうか。楽屋に尋ねて行っても、門前払いされるかもしれない。そう思うと怖かった。

 その日まで、何度も穗隆は夢を見た。彼がギターを弾く姿を見て、号泣する夢。鼻先でドアを閉じられる夢。そして、その腕に抱かれる夢。
 どれも現実味が乏しく、本当に会えるのか。それこそが恐ろしかった。途中で新幹線が止まるかもしれない。大地震が起こるかもしれない。そんなことまで頭を過った。



 そして、ついにその日が来た。

 会社を半日で切り上げ、穗隆は大阪行きのぞみに飛び乗った。世はクリスマスだ。なんだか浮かれたような人が多いのは、気のせいではないだろう。

『矢吹君、デートかな?』

 嫌味でもなく上司に聞かれた。女性に言えば、即セクハラになりそうなセリフだ。が、刑事時代のハラスメントに比べれば、そうと気付きもしない。

『あ、いえ、すみません。京都の祖母の具合が悪くて』

 と、用意していた嘘を言う。祖母は70代。まだまだ元気だ。

『おお、そうか。それは失礼。じゃあ、明日も休むといいよ』
『はい、そうさせていただきます』

 予定通りにいった。なんだか上手く行き過ぎると、返って怖くなる。新幹線の座席に座りながら、ずっと落ち着かなかった。

 ライブは午後7時開演だったので、京都で途中下車し、祖母のご機嫌伺いに寄った。休暇の理由にしたのを後悔しないくらいは、元気そうで安堵した。

 午後6時。ライブハウスの前で穗隆は今日の演目を確認する。入り口は、観音開きの手動ドアが一つきり。事件のあったライブハウスでもそうだったが、出入り口が狭いのがその特徴だ。
 防音もあるのだろうが、防災的にどうなんだ。といつも穗隆は思っていた。ドアの前に、目当てのものが貼られている。ツイッタで見た通りの看板。出演者の最後に『K』とあった。

 ――――華山、そうか、今は「K」が芸名なんだ。まだ実名にするのは嫌なのかな。僕に見つからないようにだったりして。

 自虐ギャグにもならない。穗隆は小さくため息をつき、中へと入った。


 開演時間が近づくにつれ、狭い店内は人で溢れかえった。ドリンクを頼むと、観客たちはステージギリギリまで詰め、演者の登場を待つ。
 穗隆はちょうど中央あたり、10メートルもない距離にステージがある。光の加減にもよるが、自分の姿が演者から見えるのでは、と変な汗をかく。

 だが、満員電車並みの密集具合だ。上からでは顔の判別は無理だろう。安堵なのか残念なのか、どちらともいえない感情に翻弄された。
 高身長のお陰で、人の頭が邪魔をすることはない。ここから華山の姿を見るのだ。今更ながら思うと、胸がいっぱいになり、息をするのも苦しく感じる。

 軽快なポップロックにクリスマスソングを織り交ぜた、二組のバンド演奏が終わった。いよいよ華山の番になる。
 トリを務めるのに相応しく、『K』の名が告げられると、観客たちはこぶしを突き上げ大歓声を上げた。女性の悲鳴にも似た声に混じり、男性ファンの叫び声も聞こえる。
 捲土重来からのファンなのだろう。はっきりと『華山ぁ!』とその声は彼の名を告げた。穗隆の心臓は、爆発するかと思うほど、鼓動を激しく打ち鳴らしている。

 ステージに数人のバンドメンバーが現れる。サポートメンバーなのか、それともこれから一緒にやっていくメンバーなのかはわからない。そして、最後にその男は、ステージに登壇した。

 ――――華山……。

 実に4年ぶりに会う、華山禮、その人だった。



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