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第9章 聖夜
聖夜 2
髪型はあの頃と寸分違わない、セミロングのウルフカット。彫の深い顔に切れ長の双眸。がっしりとした肩幅、筋肉質な肢体も、穗隆が焦がれた姿のままだった。
バンドのメンバーとアイコンタクトする。すっと息を吸ったのが聞こえた気がする。刹那、一気に煌びやかな音たちが、ライブハウスを席捲した。
華山のギターサウンドは、あの頃と変わらず丸みを帯びた艶やかな音色だったが、音楽性は変化したように穗隆は思った。
華山がいなくなってからのほうが、穗隆は捲土重来のインディーズCDを聴いていた。捲土重来はハードロック色の強いバンドサウンドだったが、ステージ上の『K』は、華やかで色気のある華山のギターを前面に出した、フュージョンのような雰囲気だった。
穗隆は夢中になって、そのサウンドに身を任せる。この方が、断然華山の音を引き立たすことが出来る。酔うような高揚感は、数10分の演奏をほんの数分のように感じさせた。
華山はこの4年、その影を追い続けた穗隆の目を釘付けにした。少しの素振りからも目が離せない。
「ありがとう。今日はクリスマスだね」
突然、スピーカーから華山の声が響いた。バンドはインストルメンタルオンリーだったから、彼の生声に観客がまた歓声を上げる。華山が手を振り、観客たちを眺めまわした。ふとその視線が、一瞬だが穗隆に注がれた気がした。
――――まさかね。ファンなら誰でも思うことだよな。
観客席はステージに比べて暗い。勘違いだろうと思い直した。
「俺の大切な君たちに、一曲」
女性ファンたちの悲鳴が上がる。華山は背の高い椅子に腰かけ、ギターをエレキからアコギに変えた。しんと静まるライブハウス。美しいアルペジオが優しく奏でられる。
そして、ボーカルなどしないはずの彼の甘い歌声が、聖夜を厳かに祝福した。
興奮と感涙のうち、ライブは終了した。小さな箱庭のようなところに詰め込まれた観客たちは、上気した顔のまま、出口へと吐き出されていく。
穗隆はその波にのまれながらも、どうにかして華山のところに行けないか、思案していた。とりあえず一度外に出て、中にはいる手段を考えよう。
そう思っていたときだった。眼鏡をかけた、ライブハウスの関係者らしき人物が、声をかけてきた。
「皇樹さんですか?」
今度はそれに違和感を感じる。久しぶりに呼ばれた名前だ。だが、華山は自分がもう、皇樹でないことを知らないのだろう。
「はい、そうです」
「Kが、楽屋に来るようにと申しております」
「わかりました。よろしくお願いします」
やはり、華山は自分がいることに気が付いていたのだ。穗隆の心臓は、再び早鐘のように打ち急いだ。
人の流れに逆らって、眼鏡の彼の後ろを行く。関係者専用の扉から、楽屋へと続く廊下に出た。
愛知の事件のあったライブハウスは、ステージ裏にたった一つ、二十畳ほどの畳敷きの楽屋があるだけだった。出演バンドはそこに一緒くたにされる。その畳の部屋に、倉敷塁の遺体が横たわっていたのだ。
だがここのライブハウスには、小さいながらも三つの楽屋があり、華山のそれは一人部屋のようだった。楽屋3と書かれたネームプレートの下に、『K様』と書かれてある。
「華山さん、お連れしました」
「ああ、入ってもらって。サンキュー」
眼鏡の彼は穗隆に会釈をして去って行った。穗隆はそこで深呼吸をしてから、楽屋へと入っていく。狭い楽屋には大きめの鏡が2枚あり、化粧台にいすが各々設置されていた。
手前のテーブルには、花束が二つ無造作に置かれている。穗隆は後ろ手で扉を閉めた。
「どうした? 突っ立てないでこっちに来いよ」
鏡越しに華山は、穗隆の顔を覗き見る。軽くメイクをしていたのか、それを落としてさっぱりとした顔をしていた。
「華山……」
目の前にいる華山の姿が本物なのか。それとも、何度も見た夢なのか。穗隆は区別がつかなくなっていた。
それなのに、華山はつい先日別れたばかりのように声をかけてくる。まるで、この4年がなかったことのように。
たまらなかった。穗隆の胸の中で何かが弾け、それが血脈を媒介に体中を駆けまわった。
気が付くと、華山に向かって大股で歩み寄っていた。華山は鏡から穗隆の方へと体を向ける。その開かれた彼の体に、穗隆は自らの膝を折り、縋るように抱き着いた。
「どうして、僕を捨てたんだ……」
涙にくれる穗隆の鼻腔に、慣れ親しんだ華山の匂いが満ちていった。
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