59 / 68
第9章 聖夜
聖夜 5
「なるほどね。それで僕に近づいたってわけか。全く、最低な奴だな」
ようやくベッドの上で大人しくなった穗隆に、華山は『あの夜のこと』を話し始めた。もう何度も彼の欲求に応えた。そろそろ本題と行きたかったのだろう。
「あんたが俺に惚れてるっていうサインを出すからだよ。それじゃなきゃ、あんな手は使わない。まあ、興味もあったしね。あんたって男に」
自分が疑われているのは、任意同行を求められたころから十分に理解できていた。尾行されているのも気付いていた。
だが、華山にも誤算があった。捜査状況を知りたくて穗隆に近づいたのに、彼自身も穗隆との逢瀬に夢中になっていた。
知らず知らずのうち、自分の中の獣が目覚めていくような感覚。点けられた火は炎になって燃える。恋愛に我を忘れることなど、ついぞなかった華山だ。
それは、初めての経験だった。穗隆の体に魅せられ、何度も呼び出し彼を抱いた。それがまた、穗隆の心と体に深く華山を刻み込むことになったのは言うまでもない。
「あんたを利用するつもりが、引き返せないところまで来ていた。大体が自分は犯人じゃない。このままあんたといることに、何の問題もないはずだとも思った。警察を撒いているのもまあ、刺激的だったし。だから、山小屋の話も嘘じゃなかった」
もう白々と夜が明けている。珈琲が飲みたいという華山に、穗隆はホテルに備え付けのインスタントを入れてやった。
華山はベッドの端に座ってカップを受け取り、口を付けるとほおっと息を吐いた。
「じゃあ、なんで僕の前から姿を消したんだ。携帯も解約して」
「あんた、じゃあ、本当に気付いてなかったんだな」
「え? なんのことだ」
「俺はあんたのアパートから出た時、あんたのお仲間が張ってるの、気付いたんだよ」
あっ。と穗隆は小さな声を漏らす。田畑が写メを撮っていた。華山が穗隆のアパートに出入りする姿を。
「俺はてっきり、あんたもグルだと思った。警察は、俺を犯人に仕立て上げるつもりだと。体を張ってるのは、まあ、あんたの趣味嗜好だから、そういうのもあるのかなと」
「あるわけないだろ」
ベッドの上に座りなおし、穗隆は華山が持っている珈琲を奪い取って飲んだ。
「俺の……」
「カップが1個しかなかったんだ。いいだろ」
華山は、元々犯人からの着信履歴が残っている携帯電話が怖かった。もちろん削除はしているが、調べればわかることだ。それに番号を知られているから、犯人からまた掛かってくる可能性もある。
早いうちに処分したかったので、解約するのに迷いはなかった。唯一の懸案だった捲土重来も解散が決まる。
「あんたが信用できなくなった以上、もうここは逃げるしかない。警察だけじゃない。俺を嵌めた奴は俺のことを知ってるわけだし、恐ろしかったからな。本当は、すぐにも犯人は捕まると思っていたんだ。だから、それまでの辛抱だと。まあ、これほどあんたらが無能とは思わなかったんでね」
「おまえが協力していれば、もっと早く捕まったんだよ」
「そうかな。俺はそうは思わない」
そう吐き捨てると、華山は穗隆から再びカップを奪い、飲み干した。穗隆は華山の言葉に内心同意していた。
たとえ、華山が一切を正直に話したところで……。恐らく警察は華山を犯人と疑い、それ以外を受け付けなかっただろう。強引に、自白に追い込むこともしたかもしれない。
「それで、山小屋に逃げたのか?」
「まさか! いや、山小屋にいた時もあったけれど、あんなところに長くはいられないよ。しかも、あの大規模な山狩りには面食らった」
華山は最初、ツアーでよく訪れる大阪のネットカフェに潜伏していた。そこで事件の情報を得ていたのだが、富山で山狩りが行われたことを知り、やはり穗隆は裏切っていたのだと確信したらしい。
その一方、山小屋説がなくなったのなら、万が一の時にはそこに行くのもありだと考えた。
「僕は、逆におまえに裏切られたと思ったから。実際、初めはそうだったみたいだし」
「ま、それはお互い様だな」
「それで、どこにいたんだよ」
庄司一馬が逮捕されるまで、華山は女のところを渡り歩いていた。所謂ヒモだ。ネットも彼女のを使えるし、その人のアカウントでちょっとした音楽の仕事もしていたという。
「いい時代になったな。在宅でも資金がなくても、ギター1本あれば稼げる。俺はだから、匿名状態でいくつも曲を作ったよ。ホームページのBGMとか、ウィチューブのテーマ曲とか」
「そんなことしてたのか……もう、捜査方法を覆す時代だな」
「警察が遅れ過ぎてんだよ」
「それにしても……僕のところに来れば、いくらでもヒモとして匿ってやったのに。女のところになんか行きやがって」
穗隆は顔を歪めて舌打ちをする。華山は呆れた表情を向けた。
「あんたの所になんか入り込んだら、俺は干からびるまで奉仕させられただろうな。女の方がまだ節操があったよ。どのみち、俺はあんたを国家権力の犬として見てたから、無理だったけどな」
穗隆は華山の顔を自分に向け、唐突に口づけた。ゆっくり、珈琲の後味を味わってから唇を離すと、こう言って笑った。
「そうだな。それには激しく同意してやるよ。夜だって寝かせてやらなかったな」
華山は苦笑するしかない。
あなたにおすすめの小説
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
天然で優しいお母さんは最強かもしれない
三園 七詩
ミステリー
俺はある事を除けばただの高校生。
ごく普通の家庭に生まれた。
少し天然だけど優しい母さんと出張の多い父さんの間に生まれた。
一つ変わったことがあるとすれば幽霊が見えることだ。
怖い話も交えた日常ファンタジー風。
ホラーかミステリーか微妙なので一応ミステリーにしてあります。
豊臣の子
四谷軒
ミステリー
慶長19年(1614年)、方広寺鍾銘事件が起こり、豊臣家は刻一刻と、大坂の陣――亡(ほろ)びの道を歩んでいた。
豊臣完子(とよとみさだこ)は豊臣秀勝(秀吉の姉・ともの子。豊臣秀次の弟)と江(ごう)(秀頼の母・茶々の妹)の子であり、茶々の養女である。
完子(さだこ)は、夫の・九条忠栄(くじょうただひで)と共に、豊臣家を守ろうとしていたが、その折り、秀頼が乱行に興じていることを知る。
秀頼の乱行を止めるため、完子と忠栄はその乱行に興じる理由を探る。探っていくうちに、十年前の慶長4年(1604年)に、完子の九条家の嫁入りの前夜に起こった、完子の乳母の怪死事件に遠因があることに気づく。
乳母は、完子の嫁入りの宴に出席したあと、大坂城内の一室で怪死しており、その死体を発見したのが秀頼であった。
秀頼は乳母のことを好いており、十年後の慶長14年(1614年)、その怪死の謎を解く。解いた結果、秀頼は豊臣家の「秘密」――秀頼自身の出生の「秘密」に気づく。その「秘密」は秀頼を狂わせ、秀頼を乱行へと誘(いざな)っていく。
方広寺鍾銘事件の原因となった鍾銘も、狂った秀頼によって「いじられた」ものであり、こうして豊臣家は滅亡への道を突き進み、忠栄や完子の努力も虚しく、大坂の陣へと突入してしまう……。
【表紙画像】不明Unknown author, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で
再生ホテルー館花琴音の事件簿ー
天咲琴乃 あまさき ことの
ミステリー
かつて聖堂や学び舎だった建物を再生した、
山あいの小さなホテル。
そこには、何かを終えた人間だけが辿り着くという。
元配信者で、現在は歯科衛生士として働く
館花琴音(たちばな ことね)は、
自分自身の心の整理のため、
そのホテルに滞在することになる。
静かな夜、ホテルでは
奇妙な「音」が聞こえ始める。
子どもの名前を呼ぶ声、誰かに似た話し方、
あるはずのない沈黙、拒絶された言葉――
それらはすべて、宿泊者自身が向き合うことを避けてきた過去だった。
琴音は探偵でも、裁く者でもない。
ただ、声と沈黙に関わってきた人間として、
彼らが“自分の音を聞く”のを邪魔しない。
再生とは、
許されることでも、元に戻ることでもない。
壊れたことがあっても生きていけると知ること。
全五話で描く、静かな心理ミステリー。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
【完結】学園ギャンブル
暗闇坂九死郞
ミステリー
頼まれると断れない性格の女子高生・吉高菜々子は、自称ギャンブラーを名乗る謎の男子高生・花屋友成と出会う。花屋の勝負強さに目を付けた吉高は、将棋部の体験入部で行われていると噂されているギャンブル対決に身を投じることになり……!?
【登場人物】
花屋友成………マッシュルームカットに眼鏡の謎の自称ギャンブラー。優れた頭脳と洞察力で相手のイカサマを見抜く。
吉高菜々子……お人好しのクラス委員長。花屋との出会いからギャンブラーたちの世界を覗くことになる。
躑躅森遥………『賭博生徒会』会計。
馬酔木白夜……『賭博生徒会』書記。
俺以外を見るのは許さないから
朝飛
BL
赤池凌平は、成瀬真介と出会い、緩やかに親交を深めてやがて恋人同士になるのだったが、時折違和感を抱いていた。
その違和感の正体が明らかになる時には、もう何もかも手遅れになってしまい……。
(女性と付き合うシーンもあります。)
※ネオページ、エブリスタにも同時掲載中。マイペースに更新します。