毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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最終章 独白

独白 1



 現在(202X年)

 ここ数年、国内のみならず世界中で猛威を振るった感染症のため、音楽業界は大きな打撃を受けた。それでも、スタジオやオンラインで活躍できる華山のギターは、職を失うことはなかった。

 それは再会後間もなくして、本格的にヤツのサポートを始めた僕のお陰でもあるかな。あいつは音楽的才能はあったけれど、マネジメントはからしきだ。
 入社1年にも満たない会社を辞め、華山のマネジメントを選択したのは間違いなかったようだ。

 当然、それはお金だけのためじゃない。あいつの傍を1秒たりとも離れたくない、僕の健気な気持ちがそうさせた。
 それに、あいつの売り出し方は自分で決めたかったから。売れすぎてプライベートが侵されるのは、絶対に嫌だ。それは華山も同感だったろう。



 災禍のさなか、僕が華山の配信ライブに奔走していた頃、思いがけない訪問を受けた。皇樹征隆。僕の異母兄だ。

「元気にやっているようだな。穗隆」
「兄さん、こんなところに来て下さって。どうしたんですか?」

 黒のマスクをした兄は、相変わらず、冷淡な目つきだけを僕に見せていた。

「例の男とよりを戻したと聞いて、顔を見に来た。多分、これがおまえと会う最後だ」
「そうでしたか……僕はあの病院が、最後と思っておりました」

 正直な感想を僕は述べた。兄は片方の眉毛だけ、少しつり上げた。

「今日来たのは、おまえに打ち明けなければと思ったからだ。おまえは何故、皇樹がここまでバックアップをしたか、不思議じゃなかったか? 一度は縁を切ったのに、おまえの入院費まで立て替え、尻拭いをしてやった。好条件での退職も用意した」

 征隆はライブ会場にやってきた。無観客の配信ライブだ。華山は有名アーティストの指名を受け、サポートギタリストとしての出演だ。

 ライブが始まってしまえば僕は手が空く。それを知ってか、兄は僕のスマホに連絡をしてきた。会場の外は無人で夜の闇に包まれている。兄は、誰にも見られたくなかったのだろう。

「それは……確かにそうですね」

 言いながら僕は思う。そんなこと、僕が知らなかったとでも? と。

「私は生前の父から、おまえのことを頼まれていた。決して目を離すなと。そして、おまえが皇樹を恨むようなことも、絶対にしてはならないと」

 なるほどね。やはり、父は全てを知っていたのだ。さすが元警察官僚。それでいて、その秘密を墓まで持っていったとは。

「穗隆はいずれ、何かをしでかす。だから、着かず離れず見張れと。皇樹を継がせることは絶対に許さないが、敵に回してもいけないと言われた。おまえが何もしなければ、気にもしないことだ。だが父の予言通り、おまえは幾つものことをしでかした。ここまで、実に難しい舵取りだったよ。」
「それは……兄さん、ありがとうございました。お陰様で、僕は自分の幸せを掴むことができました」
「ふん」

 兄は鼻を鳴らして笑う。マスクをしているのでわからないが、恐らく片側の口角を上げ、唇をいびつに歪めていることだろう。

「今度は、殺すなよ」

 そうは言っても、兄は何も知らないはずだ。僕にカマをかけたいのかもしれないが、そんなことで簡単に引っかかるわけがない。

「ご冗談を。僕は華山を愛しています。ようやく手に入れたもの。大事にします」
「そうであってくれ。次はもう庇いきれん。逆に全力で潰すからそのつもりでいろ。今日は、それを言いに来た」

 兄は、警察庁長官次長に王手がかかっている。父と二代にわたる高級警察官僚だ。いや、もう何代にも渡っているのか。不肖な弟に足を引っ張られては困る、といったところだろう。

「承知しています。ご安心ください」

 僕が深々と頭を下げると、兄はマスク越しに笑い声をたてる。

「おまえの頭はもう見飽きたな。まあよい。父の遺言は聞かせた。その、華山とやらと仲良く暮らせ」

 兄は踵を返し、革靴をならす。闇の中、待たせていた黒い高級車に吸い込まれていった。僕はそれをぼんやりと見つめ、遠い、あの夏の日へ思いを巡らした。




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