毒を食らわば皿までと【完結】

紫紺

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最終章 独白

独白 2



 僕は、蔵の前にいた。夏の終わりを告げる、蝉が煩く鳴いている。

 母のポケベルを使い、僕は男を呼び出していた。男は仕事中の連絡用として、携帯ではなくポケベルを常用していたのだ。それを二人は、逢瀬の待ち合わせに利用していた。

 鍵を盗み蔵を開け、そっと忍び入る。むっとする熱を帯びた空気が僕を包んできた。
 だが、そんなことは気にも留めず、梯子階段を伝い、半二階に上がって男が来るのを待った。ほどなく扉を開ける音がした。僕はそこに置かれたタンスの陰で、息を顰める。男が階段を上る足音が伝わってきた。

「響子? どこだ?」

 僕はその時、この男を呼び出して、どうしたいのかわかっていなかった。今のままで、自分を愛してもらえるわけはない。けれど、僕はここに呼び出したかった。僕は自分の心に決着を付けないまま、男の前に姿を現した。

「あんたは……驚いたな。屋敷のお坊ちゃまか。悪戯して俺を呼び出したのか?」
「おぼっちゃまじゃないよ……」
「そうか。あんた、俺に腹を立ててるんだな。ヤキモチか。自分の母さんを奪ったから」

 こいつは何を言っているんだ。予想もしない男の言い分。勘違いも甚だしい。僕は母親なんかどうでもいい。僕が欲しいのは、おまえの方だ!

「母さんのことは……関係ない」
「関係ない? じゃあどうして俺を……あんた見たんだろ? ははあ、なるほど」

 男は階段を上りきった。僕は少し怖くなった。僕の倍ほど体は大きいし、力も強い大人だ。それでも顔は、どういうわけかニヤついているように見えた。

「そう言えば、あんた俺をよく見てたな? もしや、俺に興味があるのか?」

 図星だった。男にそれが知れることを望んでいたのに、僕は狼狽えた。同時に恥ずかしいことを指摘されたと感じ、カッと頭に血が上った。

「馬鹿を言うな! それ以上近寄ったら、父さんに母さんとのことをバラしてやる!」
「それは困るな。大人をからかうとどうなるか。教えてやろう」

 男は僕との距離を詰めてきた。天窓から差し込む陽の光が逆光になり、双眸だけがぎらついて見える。
 急に恐ろしくなった。男の手が自分に伸びてくるのを避け、僕は狭い半二階を逃げ回った。

「ちょこまか逃げるんじゃねえよ、ほら、お坊っちゃん!」
「よせ! うわあっ」

 だが、ついに手首を掴まれ、箪笥の影から引きずり出されてしまう。
 今にして思えば、男は僕をレイプするつもりだったのだろう。脅かすだけだったかもしれないが、それを望んでいたとしても、現実として受け入れるには僕は幼な過ぎた。

 豹変した男に、憧れが恐怖に取って変わる。僕は必死に抵抗した。もみ合った場所は、運悪く半二階の端だった。
 何の拍子か覚えていないが、男はバランスを崩した。僕は、咄嗟に奴を押してしまった。

「うわ!」

 ここに男を呼び出した時は、こんなことになるなんて思ってもいなかった。だけど男は青ざめた顔で、両手を水泳みたいにバタバタとさせ、そのまま下に落ちていった。
 1階には色々な道具が無造作に置かれている。男はそのどこかに頭を打ったのか、動かなくなった。僕は何故か、男が死んだことを理解していた。
 男のポケベルを抜き取り、何事もなかったように扉を閉め、その場を去った。


 翌日男の死体が発見され、事故と殺人の両方が疑われた。
 だが、不倫相手である母には、使用人達と一緒にいた確たるアリバイがあった。しかも、現場は元警察官僚、皇樹清隆の蔵だ。
 清隆が望まなければ、警察が本気で調べるはずもない。出入りの職人が蔵にある骨董品を狙って侵入。階段から足を滑らせ、落下した事故。として処理された。


 これらは全て、僕が学校に行っている間になされたことだ。僕には誰も知らせず、教えてはくれなかった。もちろん、警察から取り調べも受けなかった。
 この事実は後日、僕自身が調べて知ったことだ。

 ――――父さん、蔵に人が入っていった……。

 父に告げ口をし、事件の翌日、蔵を改めさせたのは僕だ。母を陥れるつもりはなかったが、あの男をいつまでも、蔵に放置しておくのはまずいと感じたからだ。
 当然、母は蔵になど行っていない。ポケベルをなくした彼女は、蔵であの男が待っていたなんて知る由もないことだ。その古臭い通信機器は、男の物と一緒に僕が池に捨ててしまった。

 警察には盗みに入ったとされた男だったけれど、両親は気がついていたのか。あの男を呼び出したのが僕だったと。もしかすると、父は本当の理由すら気付いていたのかもしれない。

 ――――おまえは、寂しかったのかね。

 自殺する前、母は言った。僕が母のために男を蔵に呼び出し、あげくに殺したと思ったのだろう。
 馬鹿な。こいつも勘違いしていたのだ。僕は、母のことなんか何とも思っちゃいなかったんだ。



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