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最終章 独白
独白 5
「塁に自殺すると呼び出された」
僕は、一馬の遺書の全文を読んだわけじゃない。だから、本当のところ、そのことが書いてあったかはわからないけれど、少なくとも小林さんからは聞いていなかった。だから素で驚いた。
なるほどね。それは確かに面食らうだろう。死体に慣れてる僕たちだって見るのは嫌だ。それを、アーティストの華山が目にすることになったら、正常な思考が回るはずがない。
しかも、自分が疑われるように仕組まれた死体だったのだ。
華山の取った行動には、まあまあ理解できる。それで、情報収集のため、物欲しそうな僕に狙いを付けた。利害が一致したわけだ。
でもね、華山。僕はまだ、おまえのあの言い分の全てを信じたわけじゃないんだ。だってそうだろう? おまえは自分で告白したんだ。あの夜、ライブハウスに行ったと。そして塁の死体を見た。
けど、それは本当に死体だったのか。それは、誰にもわからない。おまえにしかわからないんだ。しかも、おまえは用意周到にも全ての物証を燃やし、処分した。証拠隠滅を図ったんだよ。
僕たちの初動もまずかった。被害者の素行から、ライブハウス内の痴情の縺れを追ってしまった。まさか、静岡に塁を恨んでいる人間がいるなんて、考えてもいなかったんだ。
だから、一馬がおまえを嵌めようとしてたこと、誰も知らないんだよ。
おまえが何年も逃げたのには、それなりの理由があったはずだ。僕は、おまえの話を鵜呑みにするほど単純じゃない。
僕と同じ意見の人もいた。真嶋さんだ。真嶋さんは、僕たちが一緒に暮らし始めてすぐ、僕を訪ねてくれた。東京までわざわざ来てくれたんだ。
「おまえが華山とヨリを戻したと聞いてな。ちょっと気になって。意識が戻った時、すぐ見舞いに行けなくて悪かったな」
真嶋さんは、相変わらずのダンディーぶりだったよ。この人(と朱里)は、僕が自分にさえ隠していた性癖に気付いていた。こういう鋭い人は、一定の確率でいるもんだな。
「とんでもないです。訪ねてくださって嬉しいです」
僕は会社を辞めて、おまえのマネージャーになることを決めていた。その準備をしていたころだ。
「気になっているのは他でもない。倉敷塁の事件のこと。小林がどこまで話したかは知らないが……」
「先輩は、捜査情報を一般人に話すようなことしてないですよ。僕とは違って」
「嘘を吐け。まあいい。オレが許可したんだ。だが、これだけは言っておきたくて」
僕の会社近くのファミレスだ。辺りを見回して、近くに人がいないのを見計らってから真嶋さんは口にした。
「オレはまだ、華山に疑惑を持っているんだ」
「それはまた……随分しつこいですね」
「いや、そうだな。確かにその通りだ。だが、根拠がないわけじゃないんだ」
バツの悪そうに笑うと、真嶋さんはその根拠とやらを並べ立てた。一馬に首の骨を折るほど力があったのか、何故、華山がこれほど長く行方をくらます必要があったのかとか。
真嶋さんは言ってたよ。僕たちの関係も不思議だってさ。僕の執念は理解できるが、それを何故、おまえが受け入れたのか疑問だと。失礼しちゃうよな。
「また僕を利用していると、心配されているんですね」
「正直言ってわからんよ。恋愛ごとには疎いからな。だが、華山を犯人にするのは無理がある。動機も薄いし。一馬が犯人に仕立てたかったのは、華山に間違いないと思うが。遺書には何かしたとの記述もない。だが、そう思うと余計に華山の行動が腑に落ちない」
「僕が怖かったんじゃないですか。それで逃げ出した」
「じゃあ、何故ヨリが戻るんだ」
「それは……あいつも、僕から離れられなかったってことですよ。確かに、恋愛は理屈じゃない。でも、真嶋さんの忠告は……警告かな、重く受け止めます」
真嶋さんは、応じる僕の顔をマジマジと見た。そして、口の右端を上げた。
「いや、ここに来るまでは。あの頃、華山に捨てられ、おどおどしているおまえを想像していた。また、あいつに騙されているんじゃないかってね。でも、違うようだな」
「どう違いましたか?」
「全部お見通しって顔だ。どうやら、余計なお世話だったようだ」
真嶋さんはレシートを取ろうとした。僕はその手を止め、代わりに自分の手で取った。
「僕に払わせてください。余計なお世話ではないです。僕も、実はずっと考えていたことだから。だけど……」
「だけど?」
「僕も同じ穴の貉なんで。うまくやっていけると思います」
「え?」
真嶋さんは不思議そうな顔をし、僕を改めて見る。でも、何か思い当たることがあったのか、笑い出した。
「おまえは、オレが思っていた皇樹とは違うのかもな、色んな意味で……。了解だ。元気でやってくれ。」
「ありがとうございます」
やっぱり真嶋さんは凄い刑事だ。おまえと一馬。もし両方ともが塁を殺した犯人なら、真嶋さんはそれを言い当ててたってことになる。
これは一つの仮説だけれど、一馬は自分で塁を殺したと思っていたが、実はまだ塁には息があった。それを遅れてやってきたおまえがとどめを刺した。どうだ? 可能だろう?
でもなあ。動機が見当たらないんだよ。というか、墓穴を掘りそうでそこに踏み込みたくない。だから、一応はおまえの言い分を信じてやることにしてる。それに何度も言うけれど、僕はそんなことどっちでもいいんだ。
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