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第2章
11 納屋の連絡先
しおりを挟む「ごめん、そんなつもりじゃないんだ。誤解……しないでくれ」
俺は、言っても仕方ないような言い訳をした。けれど、本当なんだ。あのまま空を押し倒そうとか、キスしようとか、そんなこと考えていなかった。
「誰かに、すがりたかったんだ。俺も、碌な人間じゃないから……」
背を向け、布団をかぶった空はまだ少し震えている。俺はなんてことをしたんだ。けどこれ以上あいつに近づくことは逆効果だ。黙って空の返答を待つしかない。
「うん……わかってる。こっちこそ、ガキみたいでごめん」
やがて、小さな……しかし幾分落ち着いた声が背中から届いた。
「謝らないでくれ。おまえは少しも悪くないから」
そう言うのが精いっぱいだった。空は黙っていたが、それ以上やりようもなく、俺は布団に潜り込んだ。このまま朝まで、どう考えても眠れそうにない。
「ねえ、久遠……」
空は背中を向けたまま、俺に話しかけてきた。あいつも眠れないかもしれないな。狼と一緒じゃおちおち眠れないか。
「どうした?」
「久遠の苦しいの……いつか僕に話して。僕では力不足かもしれないけれど……久遠の気持ちが軽くなるなら」
僕では力不足。それはまた、カササギと比べているのだろうか。
「ありがとう、空。ああ、約束する。おまえに、話す」
布団の塊が、少しだけ揺れた。言わないけれど、俺は多分、カササギよりも空に癒されている。そんなこと言ったら、今度はカササギが怒るか。
『一人でも救えなかったのに』
宗志の言葉が蘇る。それは崇志の言葉だけど、俺の言葉だ。
『二人を同時に愛せないだろ?』
眠れないかと思った空は、いつしか寝息を立てている。どうにか俺を信頼してくれたようだ。
あいつの規則正しい息遣いに安堵したのか、俺も気付かぬうち再び眠りに落ちていた。
講演会が滞りなく終わり、俺たちは帰路についた。お互い昨夜のことはおくびにも出さず、いつも通りの差し障りない会話に終始した。
平日だったため途中で病院に寄り、薬をもらう。鬼塚医師も空の様子に回復の自信を深めたようだった。だが。
「こういう、うまくいってると思う時ほど落とし穴があるものなんです。それがこの病の厄介なところで」
俺一人を診察室に残し、鬼塚医師は諭すように言う。
「もし、なにか変わったことや気になることがあれば、必ず連絡してください。昼夜は問いませんから」
「了解しました。けど、開業医なのに大変ですね。昼夜問わずなんて」
「まあ。彼は特別かな。納屋からの頼みもあるので」
納屋か。カササギは彼とは音信不通とか言ってたが、鬼塚先生とは繋がってるようだ。なんだか面白くないな。
「もし、差し支えなければ、納屋さんの連絡先教えてもらえませんか? ウチの方は知らせてるんでしょ?」
ちょっと意地が悪いかと思ったが、一方的に知られてるのはなんだかどころか、とても面白くない。
「ああ。そうですね。なにか相談したいことがございましたら。納屋も嫌とは言わんでしょ。この番号ですよ」
鬼塚はスマホを操作し、メモ用紙に番号を書き写した。
「今は仙台にいます。県警だったかな」
「ありがとうございます」
渡されたメモ、ちらりと番号を見る。あれ……。
――――どこかで見た番号のような。気のせいか?
俺は数字の記憶には自信がある。毎日何桁もの数字の羅列を追い、前日からの増減を比較するのだから。重要だと思う数字は特に記憶にとどめておくのも癖になっていた。
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