34 / 96
第2章
15 あなたのせいじゃない
しおりを挟むランチの後、告げた通り外出した。いつもよりはフォーマルな雰囲気。シャツやネクタイ、ジャケットスーツはダークグレーを基調にして揃えている。途中のコンビニでは線香を購入した。つまり、墓参りに行く。
森嗣宗志。5年前の今日、この世を去った友人の墓参りだ。車で2時間ほど走れば、その地域では有名な墓地霊園がある。
彼の墓は、家族により新たに建立され、白い御影石の墓石はまだ真新しい。そこには、今朝飾ったばかりと思われる美しい花や線香が置かれていた。
俺が午後のこんな時間に来るのはそのためだ。家族と鉢合わせないようにしてる。俺も会いたくはないけれど、むしろ相手側が俺の顔など見たくないはずだから。
――――宗志……。もう5年も経ったんだな。長いようで短い。俺は相変わらずだ。
線香に火をともし、数珠とともに手を合わす。何を語り掛けようと答えるはずもないのに。それでも、あいつがこの磨かれた墓石の向こうで、ぼんやりと俺を見ているような、そんな気になりたかった。
『おまえ、どうするつもりなんだ』
いつか、夢で俺に問いかけた。その問いに、俺はまだ答えがない。
「やっぱり……あなただったのね」
ふいに背中越しから聞こえた声。それは振り向くのを躊躇するような温度の低いものだ。
「未央子さん……」
かといって、振り向かないわけにいかない。心当たりはあった。予想したとおりの、森嗣未央子。宗志の妹だ。
長い黒髪を風にさらわせ、細身の体はしっとりとしたワンピースを纏っている。親族との墓参りは午前中に終わっているはずだ。俺が来るのをわざわざ待っていたのか。
――――葬儀の日以来か……。あの時も大人になったと思ったけど、さらに美人になったな。
眉を寄せた表情は険しいけれど、宗志に似て凛として美しい。
「兄の誕生日や命日に、誰かが来てたの気付いていたのよ。私はあなただと思ってた。いつもこそこそとやってきて、あきれたものね」
コソコソとと言われたらその通りだが、あんたらが不愉快な気持ちにならないようこっちは気を使ってるつもりだ。だが、あからさまな敵意に晒されても、言い返すことは出来ない。
「すいませんでした。失礼します」
彼女と言い争っても仕方ない。俺は彼女の顔を見ずに、すり抜けようとした。
「なんで逃げるの? いつも逃げてばっかりよね。ねえ、どうして兄は死んだの?」
再び背中に刺してくる。俺はそのまま去っても良かったのに、なぜか立ち止まってしまった。
「逃げたからでしょう。俺が……」
「父さんたちに別れろって言われたんでしょ? どうして従ったの?」
どうして。さあ、今となっては俺もわからない。あいつのために従ったつもりだったのに。それはそうじゃなかったのか?
「兄のためとか言わないでほしいの」
「え?」
俺はおずおずと振り向く。鬼の形相かと思った未央子の顔は、ずっと落ち着いているように見えた。頬に伝う涙が無ければ、清々しいほどだ。
「兄が死を選んだのは、あなたのせいじゃないから」
彼女はそれだけ言うと、踵を返しすたすたと元来た道を行ってしまった。慰めの言葉ではもちろんない。だが、どういうつもりでそう言ったのか。まるで宣言でもするように、彼女は吐き捨てた。
――――俺は、宗志の死に関わっていない。そう言いたいのか。
俺の存在を消したい。それが未央子の意志なのだろう。
『未央子は僕が言うのもなんだけど、ブラコンなとこあってねえ』
いつだったか、宗志が言っていたのを思い出す。嫌われても当たり前か。死というより、あいつの人生とも関わっていないことにしたいのかもしれないな。
それでも、ないものには出来ないんだ。あんたには悪いけど、俺と宗志は確かに同じ時を過ごし、お互いを求めていた。それは揺るぎない。だってそうじゃなければ、あいつはこんなに若くして命を絶つことなんてなかったはずだから。
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる