カササギは雨の夜に啼く【R18】

紫紺

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第3章

5 藁(わら)

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 それは2年生の9月。長過ぎる大学生の夏休みに、俺たちは所属していた投資サークルの連中と一緒にキャンプに行った。山の湖近くのキャンプ場に、准教授を交えた学生たち8人、確か野郎ばかりだった気がする。

 投資サークルというのは、文字通り、株に投資することを目的としたサークルだが、大した活動はなく、集まってはどうやって少ない元手で儲けを作るか、雲をつかむような与太話ばかりしていた。
 ただ、そこには斬新なアイディアもあり、全く無駄だったわけではない。が、要するに飲んで興味のあることを思う存分語りたい集団だった。

「夕食にありつきたい奴は、ちゃんと魚釣れよー」

 若手准教授が学生たちをたきつける。俺たちも子供時代を思い出して(というより、大学生は性欲旺盛なガキだ)、釣り竿持って魚が釣れるという湖に出かけた。ボート置き場の桟橋に並んで釣り糸を垂れる。

「久遠は釣りとか得意なのか?」

 俺の隣で自前の釣り道具を持ってきた宗志が尋ねてくる。

「海釣りだけどな。まあ、垂らしてればかかるから。おまえは? 道具だけはちゃんとしてるな」
「これは僕のじゃないよ。運転手の一人が趣味でさ。貸してくれた。釣りはハワイのクルージングでやったくらいかな」

 お坊っちゃまめ。そんな話は聞いてない(聞いたけど)。

「そんな釣りは経験値にならんな」

 毒づく俺にあいつはふふんと鼻で笑った。残暑の候とはいえ、山は既に秋の気配だ。
 俺たちはトレーナーやパーカーといった、Tシャツより厚めの上着にデニムといった装いだった。宗志も細身の体に海外ブランドのパーカーを着て、大して面白くもなさそうに湖面を眺めていたな。

「おい、宗志、引いてるぞっ」

 サークル仲間のくだらない話に適当な相槌を打っていたら、宗志の釣り糸がひょいひょいと動いている。あいつはウトウトと居眠りをしていたようだ。

「えっ、マジ。あっ」

 それはどこか、スローモーション動画を見ているかのようだった。宗志の整った顔が、その時だけ妙に歪んで、あいつは湖に落ちていった。
 魚の重さに持っていかれたのではなく、慌てた拍子に前のめりになり、バランスを取れなかったのだ。

「おいっ! 宗志!」「どうした! 誰か落ちたのかっ!?」

 周りが騒然とした。俺はすぐにもあいつが水面に上がってくるものと思っていた。足がつかない深い場所だとは知っていたが、水はそれほど冷たくないだろうし、宗志は泳げたはずだ。

「誰か、浮き輪かなんか持ってこい!」

 だが、それは間違っていた。おそらく衣服が水を含んで重たくなっていたのだろう。ヤバイと思うまでの時間は、とても長かったように思ったが、実際は5秒もなかった。
 俺は、自分のトレーナーを脱ぎ捨てると、湖に飛び込んだ。

 ――――宗志っ!

 湖は想像以上に深かった。太陽の光は届かず、底が見えないほどだ。あいつの髪が見えたのは幸運だった。
 宗志は手をばたつかせながら、パーカーを脱ごうともがいていた。ファスナーは既に外れていたが、腕に絡んで脱げていない。俺は宗志の体に纏わりつくパーカーを無理やり剥がし、あいつの肩口に体を入れて一気に上を目指した。

 これでも海育ちだ。泳ぎには自信があった。だが、やはり着衣のままの泳ぎは思っていた以上に厳しい。

 ――――苦しいっ!

 水を飲みそうになった時、水面に何かが落ちてきたのが見えた。溺れるものは藁をも掴む。俺は手を伸ばした。藁でないことを祈りながら。

「大丈夫かっ!」

 ありがたいことに、それは藁ではなかった。准教授が投げ入れてくれたロープだ。その先には石が括られ、俺が掴むと同時に仲間たちで引き上げてくれた。



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