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第3章
19 長い読経
しおりを挟む宗志の葬儀は身内だけでひっそりと行われた。製薬会社社長の正統な後継者であった彼にとっても、家族にとってもそれは考えてもいなかった最期だ。
俺は葬儀場に足を踏み入れる度胸はなく、寺の前で漏れ聞こえる読経に首を垂れていた。
「ここにいたんだ」
うなだれていた目に、黒いパンプスが映った。はっとして顔を上げると、そこには長い黒髪を緩やかに束ねた長身の女性がいた。誰だろうと思ってすぐ、それが未央子だと気付くのに数秒かかった。
「ああ……邪魔かと思って」
礼服のせいかもしれないが、初めて会ったころの女子高生だった未央子とは全く別人に見えた。天真爛漫だった美少女は、美しい大人の女性になっていた。
「それは懸命ね」
けど、勝気なところは変わらない。俺はなんと返していいのか、彼女の怒りはどこから来るのかわからなくて戸惑った。
「兄は、ずっと待っていたのよ」
「え……」
もうお兄様とは言わないのか。そんなどうでもいいことを、俺の回転の悪い頭が考える。
「待っていた?」
頭が働かないままオウム返しした。
「あなたを待っていたのよ! 久遠さん。なんで、なんで来なかったの?」
「それは……」
なんでと言われても。俺がこの三日間、どれほどにその後悔に苦しんできたのか、あんたにはわかんないだろう。ただ、そう言い返しても仕方ない。大切で大好きな人を失った苦しみは、俺もあんたも変わらない。
待っていたなんて、想像もしなかった。宗志が遊びと思っていなかったとしても、とっくに吹っ切って後継者としての仕事に励んでいるのだと。そんなやっかみとも希望ともいえる複雑な思いでいたんだから。
それをあいつは憎々しく思っていたに違いない。だから、あの湖に飛び込んで死のうと思ったんだ。今度は助けに来ないと知っていたから。
宗志はあのとき、俺の顔を見ても動揺していなかった。飲み下したカプセルが今にも溶けようとしているのに、全く焦りもせず、その時を待っていた。もう遅いと言いながら。
「あなたは兄を裏切ったのよ。私、ずっと許さないから」
そう言い放つと、俺の反論を聞くつもりはないと言わんばかりに踵を返し、さっさと寺の読経の中へと戻っていった。もちろん、反論するつもりはない。
――――裏切者か……。宗志もそう思っていたのか。だから、俺の姿を見て、『何を今更』って顔してたんだ。
遅すぎる。あいつはそう思ったんだろう。宗志が待っていたのは、もっとずっと前の話だったんだ。お守りを手にしたときにはもう、既にタイムオーバーだった。
僧侶の読経はまだ続いていた。焼香のむせるような匂いとともに流れる、永遠に終わらないかと思うほど長い読経に俺は眩暈を感じる。
秋の空は知らん顔して、馬鹿みたいに澄み切って高かった。
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